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津山商工会議所 所報3月号『今月の経営コラム』
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「2020年代後半に1930年代の世界経済の暗黒時代が再来?」
1929年の世界恐慌、第2次世界大戦の教訓を踏まえて、ブロック経済化(特定の国や地域での貿易を優先して外部からの輸入には高関税を課し自国産業を守る≒保護主義)を回避する目的で44年に構築されたブレトンウッズ体制[注1]によって確立した国際秩序が、これまで以上に大きく揺らいでいる。これは、保護主義を回避するために各国が共有してきた自由主義、多国間主義、法の支配という国際秩序の規範が崩れつつあることを意味する。つまり各国が行動すべき法規範、社会規範がバラバラになって、無秩序に近い状態にあるといえよう。この背景には、トランプ米大統領が米国第一主義を掲げることで、ブロック経済に逆戻りしていることがある。ブレトンウッズ体制の先導役・推進役であった米国が、その国際秩序を自ら壊し始めているといえよう。加えて、国際法の下で国際紛争の解決における国連の機能不全や、多国間での自由貿易を妨げる紛争を解決するWTOの機能不全なども、自由主義、多国間主義、法の支配に基づく国際秩序の維持を困難にしているといえよう。
この機能不全となっている国際秩序をどのように回復していくのか。鍵を握るのは米中関係であろう。この点において、”1930年代の世界経済の暗黒の10年”のトリガーとなった当時の英米関係と現在の米中関係の類似性を指摘できる。当時の英米関係は”キンドルバーガーの罠”と呼ばれる。米国が英国に代わって適切なグローバル公共財を提供できなかったため”暗黒の10年”につながったとする説を唱えた米国の経済学者であるチャールズ・キンドルバーガー(Charles P. Kindleberger)の名前が由来である。この学説を、現在の米中関係に当てはめれば、中国が米国に代わって、あるいは米中が協力して、国連、IMF・世界銀行、WTOのようなブレトンウッズ機関に相当する適切なグローバル公共財を提供できるかがポイントとなる。それが難しければ、”キンドルバーガーの罠”の説の通り、2020年代後半に1930年代のような世界経済の暗黒時代が再来することとなる。”再来”を回避するために、特に懸念されている貿易については、自由貿易・多国間主義の枠組みの中で、(1)中国が適切なグローバル公共財を提供する、(2)米国が引き続き提供する、(3)米中などの大国以外の中堅国が国際協調して提供する、との三つのシナリオがある。
どのシナリオの可能性が高いのであろうか。残念ながら、現時点の世界情勢を見ると、(1)と(2)のシナリオの可能性は相対的に低い。となれば、(3)のシナリオの可能性が相対的に高いこととなる。日本を含む中堅国主導による「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」[注2]などの自由貿易・多国間主義に基づく地域のメガ自由貿易体制が拡大されることへの期待は大きい。ただし、(3)のシナリオを補強するために、自由貿易・多国間主義の屋台骨が揺らいでいることに緊急に対応する必要がある。機能不全に陥っている既存の自由貿易体制の信認を得るには、WTOの速やかな改革を進めることが必要であろう。WTOの自助努力に過大な期待を持つのは難しい。このためリーマン・ショック後のG20の金融危機対応のように、”貿易版FSB(金融安定理事会)[注3]”のような”貿易安定理事会(TSB)”を設立して、WTO改革を危機対応の枠組みで解決してはどうだろうか。世界経済の暗黒の時代の先に想定される”冷戦”という言葉も聞こえる中、そのような事態を回避するためであれば、緊急時の対応を含めてWTOの改革に国際協調の方法を総動員する必要があるのではないか。
(1月20日執筆)
[注1]1944年7月に、44カ国が参加し、戦後の国際経済の安定と復興を目指して新たな国際金融システムを構築することが目的で、米国のブレトンウッズで開催された連合国通貨金融会議で決定された国際金融体制。特に、29年の世界恐慌や第2次世界大戦の教訓を踏まえ、ブロック経済の再発を防ぐための仕組みとして構築された。
[注2]オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム、英国の12カ国によって締結された多国間貿易協定。Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership
[注3]グローバル金融危機直後の2009年4月に設立され、金融システムの脆弱性への対応や金融システムの安定を担う当局間の協調の促進に向けた活動を推進する主体。主要国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、IMF、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などの代表が参加。
著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。「第3次袋井市総合計画」審議会委員。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。
中小企業のためのDX事例
「下請け脱却を実現した刺しゅう加工業のWeb直販DX」
今回は、Webでの直販へと転換した刺しゅう加工業の事例です。東京都足立区にある株式会社マツブンは、1939年創業の老舗として、長らくアパレル向けの受託加工で品質を磨いてきました。ところが2000年前後、顧客企業が生産拠点を海外へ移す流れなどを背景に受注が細り、売り上げや取引先が大きく減少しました。全盛期に約1億8000万円あった売り上げは、00年には約4800万円まで落ち込み、取引先も15社から3社へ縮小しました。そこで三代目の松本照人氏は「脱下請け」を掲げ、新規市場を自社で開拓する方針へかじを切ります。
01年に自社サイトを立ち上げ、当初は受託加工の新規受注獲得に向けた情報発信を試みたものの、反響は限定的でした。転機となったのは、サイトを見た一般企業から「ロゴ入りの刺しゅう品はつくれるか」との問い合わせが寄せられたことです。そこで02年、ターゲットを一般企業へ切り替え、ユニフォームやノベルティ用途のロゴ刺しゅうに絞って商品を再構成しました。ここで注目すべきは、販売チャネルをWebへ移行しただけでなく、収益構造そのものを加工賃で受ける下請け型から、自社で商品化し直接受注するモデルへと転換した点です。サイトでは刺しゅう技術の説明にとどまらず、発注担当者が判断しやすいよう「用途別に選べる」「見積もりしやすい」情報設計を徹底しました。
集客施策は、検索語に連動して広告を表示する「リスティング広告」と、検索結果で自社ページが上位に表示されるよう自社サイトを継続的に改善し、自然流入を拡大する「SEO」を中核に据えました。さらに近年は、スマホ対応や動画活用まで進め、検索経由の問い合わせ増加と受注拡大につなげました。
その結果、19年度には売上高約2億8200万円のうちインターネット売り上げが約92%を占め、年間取引会社数は約1200社、販売数は約28万枚に達しています。さらに22年度は年商3億4000万円規模で黒字を継続しています。下請けで培った品質を基盤に、顧客像を明確化し、Web上で見つけてもらえる仕組みを磨き続けたことが、販売チャネルとビジネスモデルの転換を実現したDXといえます。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)
著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし

元ウイングアーク1st データのじかん 主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年からウイングアーク1stで、デジタル化による産業構造転換や中小企業のデジタル化に関する情報発信・事例調査などを行った。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、特許庁I-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。経団連、経済同友会、経産省、日本商工会議所、各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。
日本史のトビラ
「江戸時代の悲しい出版事情」
50歳の時に高校の教員を退職し、作家として独立して10年たった。ところで、専業作家という職業は、あと10年で壊滅するだろう。大げさな話ではなく、長年続く出版不況はまさに危機的な状況で、電車に乗っても本や雑誌を手にしている人はおらず、年配者までもがスマホを片手にインターネットやゲームを楽しんでいる。
令和5年度「国語に関する世論調査」(文化庁)では、本を月に1冊も読まない人が6割を超え、7割が以前と比べて読書量が減ったと回答している。このため出版業界の売り上げは右肩下がり、印刷される本の初版部数も減る一方だ。
知り合いの小説家に聞いたら、本を1冊書いて50万円の収入にしかならないという。小説は創作だから書くのに時間がかかり、年に2、3冊出版するのが限度。幸い私は講演会やテレビなどの仕事をいただいているが、とても物書きだけで暮らしていけないことが分かるだろう。
専業で暮らしていける作家が登場したのは、実はそれほど昔のことではない。2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で主人公となった版元の蔦屋重三郎らが、戯作者の山東京伝に原稿料を支払うようになったのが最初だとされる。それまで物書きは武士や富裕層の知識人の道楽であり、版元は執筆のお礼として宴席を設ける程度だった。それに出版した本だって、売れても500部程度だった。1000部もさばけたらベストセラーだ。ところが京伝の作品は桁違いの売れ行きを見せたのだ。
ちなみに原稿料だけで生活できる専業作家は、少し時代が下って『南総里見八犬伝』を書いた曲亭馬琴や、『東海道中膝栗毛』を書いた十返舎一九あたりが最初だとされる。
ただ、そんな馬琴だって壮年になるまでは他の仕事で生計を立て、晩年は将来が心配で孫に御家人株(武士の権利)を買っている。しかも、失明した後も嫁に代筆させて出版を続けている。もちろん書くのが好きだということもあるが、生活に余裕がなかったのだ。それは、印税制度がなかったからだ。いくら増刷しても、作家がもらえるのは最初の原稿料だけだった。
だから人気作家であっても、次々と新刊を出し続けていくしかなかったのである。結果として彼らは非常に多作になる。例えば馬琴は、生涯で少なくとも二百数十冊の本を書いており、一九も売れっ子になってからは、毎年20冊以上の本を出し続けている。出版不況のいま、現代の作家もこれを見習って生き残っていくほかないのかもしれない。
著者プロフィール ◇河合 敦/かわい・あつし

東京都町田市生まれ。1989年青山学院大学卒業、2005年早稲田大学大学院修士課程修了、11年同大学院博士課程(教育学研究科社会科教育専攻(日本史))満期退学。27年間の高校教師を経て、現在、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。講演会や執筆活動、テレビで日本史を解説するとともに、NHK時代劇の古文書考証、時代考証を行う。第17回郷土史研究賞優秀賞(新人物往来社)など受賞。著書に『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新聞出版)、『禁断の江戸史』(扶桑社)ほか多数。
トレンド通信
「当たり前の営業時間を見直してみる」
広島市から東に車で1時間ほど、福山市との間に竹原市というまちがあります。以前NHK連続テレビ小説『マッサン』の主人公のモデルとなったニッカウヰスキーの創設者・竹鶴政孝の生家だった酒蔵などが、重要伝統的建造物群保存地区として美しいまち並みを残しています。
この竹原市に「御幸(みゆき)」という老舗のお好み焼き屋さんがあります。1972年の創業から50年以上にわたって地元のお客さんに支えられてきました。広島のお好み焼きといえば、クレープのように薄く敷いた生地の上に大量のキャベツや中華麺、豚肉や海鮮などを乗せてつくるのが一般的です。御幸では、創業者が大阪で修業したこともあって、キャベツなどを混ぜ込んだ生地をホットケーキのように厚く焼く、関西スタイルのお好み焼きも提供しています。
御幸では先のコロナ禍を機に、ほかの店と同様、家で食べられるメニューを強化しました。通常通り鉄板で焼き上げたお好み焼きを冷ました後、適度に水分を吸収する専用容器に入れ、真空パックにしたものを急速冷凍します。冷凍の商品ラインアップを持ったことにより、クール便での通販のほか、あらかじめ商品を送って催事や出張販売に遠くまで行くことが可能になりました。ここまではコロナの影響を受けたほかの多くの飲食店にも共通する話です。
御幸が面白いのは、コロナによる落ち込み期間が明け、多くの飲食店が通常営業に戻す中、「コロナによって自宅での飲食が当たり前になったお客さんの消費行動は元には戻らない」という判断に基づいて、店舗の営業時間を大幅に短縮したところです。具体的には、夜営業をやめ、ランチ営業を16時までとし、19時まで通販やテイクアウトで販売するためのお好み焼きをひたすら焼くという営業スタイルに変えました。16時以降は、テイクアウトの注文には対応しますが、接客を伴う食事提供の営業はしません。
商品は提供するけれど、サービスとして人手のかかる時間と空間の提供を減らし、その分を店舗であれ通販であれ「わざわざ買いにきてくれる客」のためのものづくりに充てるというビジネスモデルの転換を試みました。同時に、ウェブサイトやSNSなどを通じ、商品の魅力やくつろぎの雰囲気などを伝える情報発信を充実させることにも取り組みました。家庭的で老舗のお店が持つ懐かしい世界観を表すキャラクターを中心に、デザインテイストやコミュニケーションに一貫性を持たせ、きちんとブランディングしました。
情報発信の強化と並行して、広島県のアンテナショップを通じて東京や大阪など、遠方の都市部へ積極的に営業や出張販売に出かけ、地道に遠隔地のファンを増やしていきました。
客の理解や定着まで少し時間はかかったものの、夜の営業をやめたことで逆に昼の営業時間は混んできました。土日には駐車場に県外ナンバーの車が多く押し寄せ、行列ができる店になっています。人手不足の中で限られたリソースを効率的に使い、次世代につながる事業への転換も見据えて取った作戦が「当たり前の営業時間を見直す」だったのです。
著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

合同会社ヒナニモ代表。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌の編集を担当。その後、日経BP 総合研究所 上席研究員を経て、2025年4月から現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。
※「気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話」は今回で連載終了になります。
気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話
「事業の組み合わせが未来を創る」
3年間「クラウドな話」として、気象や防災、鉄道、税など、いろいろなテーマで書いてきました。まさに自分の頭の中をクラウドサーバーとして、情報を取り出した感覚です。
テーマで掲げたものは仕事としているものも多く、どれも片手間ではなく責任感を持って「複業」として取り組んでいます。分野がバラバラのため、それぞれアップデートをするのが大変ですが(特に税法が毎年変わる…)、本業・副業と区別していたわけではないので、この3年間で周辺環境が変わっても、臨機応変に対応できた感じがします。
一つの事業に長く携わっていると、複数の事業をこなすのはなかなか大変です。すでに自社としての売りがあるだけに、別の軸をつくるのは困難を極めます。
例えば、一本足で立っていることで知られるフラミンゴは長く観察していると、実は足を入れ替えています。体温が下がったり疲れたりと、状況の変化に対応しているのです。軸は1本ではなく2本あるからこそ、1本でも安定して立っていられるわけです。
とはいえ、自分のように、まったく関係ない分野に飛び出すばかりではありません。これまで長く続けている分野を再確認し、その分野では当たり前のことが、視点を変えて他の分野から見れば、新鮮だったりするわけです。そこに気が付いた瞬間、アイデアが生まれることがあります。これまでの設備や技術、経験が強みとなって活用され、別の分野でのやり方や悩みの解消につながります。そこに新しい需要が生まれ、独自性をつくってもう一本の軸になっていきます。
世の中の事業も、完全にゼロから生まれたアイデアはほとんどありません。すでにある要素を組み合わせることで、今までなかったものに見えるだけです。そのためには、客観的に今の事業を見つめ直すことが大切で、他にも使えるかどうか探求すると世界が広がっていきます。組み合わせを恐れずにチャレンジすれば、可能性はまだいくらでも眠っています。
さて、自分の新たな複業ですが、複業自体を掛け合わせてみました。「気象・防災」×「税務・会計」=「会社防災タイムライン」です。共通点がないような事業ですが、それぞれの知識と経験が何かしらつながらないかと模索し続けてきたので、アイデアを形にできた今、事業が広がりつつあります。
複業を掛け合わせることで、新しい流れが生まれます。途中で進む方向を変えたり、最短ルートを見つけたり、スピードアップも可能で、まさに鉄道の複々線のようです。このことから個人的には、複業の掛け合わせを「複々業」と呼びたいところです。
皆さんと、またどこかでお会いできることを楽しみにしています。
著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう

気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビの情報番組に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、”複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。
