お知らせ
津山商工会議所 所報5月号『今月の経営コラム』
潮流を読む
「生成AIによって大変革期を迎えている米国金融業界」
2024年10月、出張で米国の大手金融機関を訪問する機会があった。そこでは生成AIの活用が金融機関の営業スタイルを大幅に変革していた。23年にも米国出張で生成AIの営業スタイルへの影響を確認したが、それが変革をもたらすのか懐疑的な意見が多数であった。しかし、この1年という短期間で生成AIは進化し、金融機関の営業スタイルを変え、金融業界の競争環境を大きく変化させている。
改めて生成AIを定義すると、文章、画像、音声、動画などのデータ形式を自律して生成することが可能なAI技術となる。ただし、生成されたデータ形式のアウトプットは、生成AIに対する指示の適格性に左右され、1回の指示で質の高いアウトプットを得るのは難しく、通常は反復する処理が必要となる。生成AIはイテレーション(反復処理)の機能(=学習機能)を既存のシステムに統合されることで、最終的には質の高いアウトプットが創出される。結果的に、人間しか対応できなかった複雑な処理(例えば、顧客のニーズに合わせたカスタマイズなど)を生成AIが一瞬で代替できることを意味する。生成AIの短期間での進化の背景には、大規模言語モデル(大量の文章の学習によって、人間の言語を理解し、その結果、文章を生成、翻訳、要約、質疑応答など、さまざまな言語処理タスクを実行するモデル)などの技術基盤が優れていることがある。これらに、データ処理パフォーマンスの飛躍的な向上、新しいアプリケーションの台頭、生成AIへのアクセス障壁の低下が加わって、生成AIに対する指示の質が向上し、価値創造と効率性向上の機会が創出されているのである。
一方、生成AIの導入には膨大なコストがかかる。このため、コストを負担してでも付加価値を高めようとする金融機関と、従前からの営業スタイルを維持しようとする金融機関とに分かれる傾向があるが、米国の金融業界では前者に該当する金融機関が多い。ここでの従前からの営業スタイルとは、営業員の裁量に大きく依存するスタイルである。例えば、担当する各顧客の財務状況、ライフイベント、個人的なライフスタイルや趣味嗜好(しこう)を把握し、それらから得られる営業員の主観的な洞察によって信頼関係を築くことで、将来の金融商品・サービスの収益を得ようとするものである。ただし、このアプローチでは、通常、コスト負担が大きくなり、顧客のデータに基づく客観的な視点に欠けるため、金融商品・サービス提供の際に営業員が誤って解釈し、組織的な顧客ニーズの把握に問題が生じやすくなる。
これを解決するために、米国の大手金融機関の多くは、量と質を兼ね備えた顧客属性データベースを活用し、生成AIによる顧客データの分析を行っている。これにより、少ないコストや営業員の時間とリソースで、瞬時に高度な分析とそれに基づく個々の顧客の金融商品に対するニーズのパーソナライゼーション(個々人向け最適化)が可能となってきている。つまり、金融機関は同時かつ大量に顧客属性別の個々の顧客の状況を把握することができる。これには、各顧客の消費行動履歴のデータを評価し、現在の顧客の財務状況を、過去のデータを基に位置づけることが含まれる。また、個々の顧客のライフイベントを追跡し、その予測をすることもできる。さらに、顧客属性の中で個々の顧客の状況を定量的に比較できるようになる。このように、米国では質の高い顧客属性データと生成AIの活用により、従前の人を中心とした営業スタイルの大きな変革期を迎えている。
その一方、日本では、これらの生成AIによる高度な分析を可能とするための十分な顧客属性のデータベースを構築していない金融機関が多いと見受けられる。従来の営業スタイルで活用している中途半端な顧客のデータベースのままでは、生成AIの導入という手段と、顧客のニーズの定量的なパーソナライゼーションという目的が合致せず、期待する成果が生まれない。日本の金融機関においても、米国の金融機関のような営業スタイルの変革の取り組みが増え、顧客と金融機関がお互いメリットを享受できる、ウィン・ウィンの関係を築くことを期待したい。
(3月20日執筆)
著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり
静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。「第3次袋井市総合計画」審議会委員。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。
中小企業のためのDX事例
「現場の小さな困り事解決アイデアワークショップ」
栃木県下野市などに工場を構える神戸化成工業株式会社は、プラスチック成型を主力とする従業員約80人、売上高約20億円の製造業です。
同社が近年力を入れているのが、現場起点のデジタル化への取り組みです。まず着手したのが、生産日報の電子化と製造工程の可視化・分析ツールの導入でした。これまで手書きで行っていた生産日報をタブレット端末に入力することで、手書きとシステムへの二重入力がなくなり、データ入力作業効率化とリアルタイム情報共有を実現しました。また、製造工程の可視化・分析ツールを導入し、稼働状況の正確な把握と、データに基づいた効率的な改善活動が実施できるようになりました。
こうした取り組みを土台としデジタル化を加速させるために、デジタル化アイデアワークショップを開催しました。「自分事から考え、身の丈から始める、デジタル変革」をテーマに掲げたこのワークショップでは、経営層から現場作業者までが一堂に会し、それぞれの立場から業務改善のアイデアを出し合う場となりました。
参加者からは、日々の業務の具体的な課題に基づいた実践的なアイデアが提案されました。例えば、材料や成型後の製品を置く場所を明確にする所在可視化や、不良発生時にボタンを押すだけで緊急度と原因が共有できるツール、トラブル発生時の音声案内、生成AIを活用したメール作成の効率化、モーター付き台車による運搬の省力化、正門開閉の自動化といった提案です。現場のちょっとした困り事こそが、デジタル化の起点になることを再認識する機会となりました。
神戸化成工業が目指すのは、「特別な技術者がいなくても、現場が自ら考え、改善を続けられる仕組みづくり」です。神戸泰社長は、「変化できない企業は生き残れない」と語り、大掛かりなシステム導入ではなく、身近な課題から着実に取り組む姿勢を大切にしています。
今後は、ワークショップで生まれたアイデアを具体的な施策として実行に移し、さらなる効率化と働きやすい現場づくりを進める方針です。現場の小さな困り事に耳を傾け、デジタル技術を「自分たちの力」に変えるこの取り組みは、地域の中小製造業にとっても大きなヒントとなるでしょう。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)
著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし
ウイングアーク1st データのじかん 主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。デジタル化による産業構造転換や中小企業のデジタル化に関する情報発信・事例調査が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、特許庁I-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。経団連、経済同友会、経産省、日本商工会議所、各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。
日本史のトビラ
「三井高利の革命的商法」
三井高利は元和8(1622)年に伊勢松阪の商人の高俊と殊法の末っ子(8番目)として生まれたが、長兄の俊次が江戸で呉服商として成功したので、高利も14歳の時、兄を手伝うため江戸へ上った。支店を任された高利は商才を発揮し、短期間で大金をためたり土地を購入したりした。すると嫉妬した俊次は「母の面倒を見ろ」と、高利を松阪へ帰してしまったのだ。仕方なく高利は故郷で商いを始め、大名に金を貸すまでになった。
延宝元(1673)年、俊次が死去する。このとき高利は52歳。当時としては隠居する年齢だったが、江戸に呉服店(越後屋)を開いた。老齢になっていたが、若い頃の夢をかなえようとしたのである。
高利が始めた「現金掛け値なし」の商法は、それまでの常識を覆すものだった。扱う反物は高価なので、呉服店は顧客である大名や豪商の屋敷に訪問して注文を取っていた。支払い金額も大きいので、年に1度まとめて受け取った。その間は金銭が入ってこないので、あらかじめ反物の価格に利子分を含めて販売した。これを掛け値売りと呼ぶが、高利はこの慣行をやめ、店先に商品を並べ客に足を運んでもらい、その場で現金決済したのである。訪問販売のための人件費は要らず、利子を含めない分商品を安く売ることができた。このため越後屋に客が殺到するようになった。
呉服店は生地を一反(12m程度)単位でしか売らなかったが、高利はなんと端切れサイズでも販売したのだ。これなら庶民でも購入できる。彼らは古着しか買えないが、手拭いぐらいは新品を持ちたいはず。そうした購買意欲を当て込んで、庶民も購買層に組み込んだのである。引き札(チラシ)を初めて配ったのも越後屋だった。寺子屋の普及で識字率が高まり、それを見越しての宣伝手法だった。傘の貸し出しも斬新だ。雨の日に店の軒先に傘を並べ、通行人に貸し出したのだ。傘を開くと越後屋の紋(ロゴ)が染め抜かれているので、借りた人が傘を差せば宣伝になるというわけである。
その後呉服店は、両替商が集まる駿河町に移転し、呉服店に併設する形で両替商も始め、稼いだ資金で次々と支店を出し、一代で豪商に成り上がった。
この史実は、高利が「どうすればもうかるかではなく、どうすれば客は喜んでくれるか」という意識を持ち、客目線で工夫や改善を凝らしたことが成功の秘訣(ひけつ)だといえよう。
著者プロフィール ◇河合 敦/かわい・あつし
東京都町田市生まれ。1989年青山学院大学卒業、2005年早稲田大学大学院修士課程修了、11年同大学院博士課程(教育学研究科社会科教育専攻(日本史))満期退学。27年間の高校教師を経て、現在、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。講演会や執筆活動、テレビで日本史を解説するとともに、NHK時代劇の古文書考証、時代考証を行う。第17回郷土史研究賞優秀賞(新人物往来社)など受賞。著書に『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新聞出版)、『禁断の江戸史』(扶桑社)ほか多数。
トレンド通信
「若者たちを動かすのは『かっこいい大人たち』」
先日、和歌山県田辺市による若者の起業支援活動「たなべ未来創造塾」の第9期修了式を訪ねてきました。今期はIターン、Uターンを含めた13人が、行政、金融機関、商工会議所、卒業生の事業者などの前で、それぞれが取り組むビジネスプランを発表しました。プレゼン内容はさまざまで、新しくコンテンツ制作企業を立ち上げるに当たって地域の学生も含めた若い力を集める仕組みを提案するもの、人口の少ない地域にあえて移動式の飲食店を開業して、地域コミュニティ活動の支援を目指すもの、地域の働く若い女性や子育て世代を対象にしたオンデマンド型の健康関連サービスなど、業種も規模も特に決まった傾向はありません。全体に共通しているのは、地域が抱える課題に焦点を当てて、それを解決する新しいビジネスを立ち上げようとしていることです。
たなべ未来創造塾では、半年間にわたって、地域活性化を専門とする大学の教授から、地域の経済と将来を見越したビジネスモデルのつくり方や考え方など、理論的な知識を学びます。さらに、この塾の卒業生が講師になって、実際に事業を立ち上げてからどのような工夫が必要だったか、どこに落とし穴があったかといった実践的なノウハウも学びます。塾生同士や卒業生との交流や議論を通じて、実際に現場で使える人脈を形成していくのです。2024年度で第9期を迎えて、卒業生の総数は100人を超え、その7割が地元で起業しています。
この塾が始まったのは16年、もともとは田辺市の人口減少に対する施策の一つでした。真砂充敏田辺市長によれば、移住・定住の促進のほかに関係人口の増加も目指しました。ここまでは他の自治体でもよくある考え方です。もう一つ重視したのが、住民の中から地域のロールモデルとなる個人「ローカルヒーロー」を数多く育てるというものでした。人口が減っても魅力ある人が活躍していれば、大学進学などで一度は地域を離れた若者が帰りたくなるまちがつくれるという考えです。実はこの塾を主宰する田辺市は、それぞれの起業家に補助金や助成金を一切出していません。プレゼンに対して地元金融機関や商工会議所のアドバイスをもらい、必要に応じて融資を受け、後は民間で事業を立ち上げる仕組みです。
修了式の式典で修了生や先輩に当たる起業家からよく出たキーワードが、地域を盛り上げる「かっこいい大人」という言葉です。意味するところは、単にビジネス面で成功しているだけでなく、地域との関わりを重視して活動し、若者や若者同士のネットワークとも良い関係を保ちながら、陰になり日なたになり応援してくれる人。要するに、地域の未来づくりに貢献する意識を持って行動している経済人といったニュアンスです。
若い世代から「自分もあんなかっこいい大人になりたい」と言われるような人がたくさんいる地域は、元気になってそれが次の世代にも受け継がれ、良い連鎖を生んでいくでしょう。これは地域経済だけでなく、会社組織であれ、政治であれ、行政であれ、どんなシーンにおいても共通する大事な見方だと、今回気付かされました。
著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ
合同会社ヒナニモ代表。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌の編集を担当。その後、日経BP 総合研究所 上席研究員を経て、2025年4月から現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。
気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話
「春の嵐・メイストームに注意」
5月の天気といえば、晴れて穏やかな日が多いイメージではないでしょうか。気温も上がり、1年で一番快適な陽気になります。西から次々にやってくる移動性高気圧に覆われるためですが、この時期はまだ台風が近づくこともなく、梅雨ももう少し先なので、高い確率でお出かけ日和になります。
一方で、5月は春から初夏へと進む季節の変わり目でもあります。日本付近では南から入り始めた初夏の暖気と、北に残る冬の寒気がせめぎ合っている状態です。ひとたび移動性高気圧が東へ離れると、この暖気と寒気の境目に低気圧が発生し、天気が崩れます。そして、こうした南北の寒暖差が大きい場合は、低気圧が発達しやすく、時折、日本付近で台風並みに急発達する低気圧が現れます。これを春の嵐「メイストーム」と呼んでいます。全国的に大荒れの天気になり、豪雨や暴風、高波などで被害の発生につながるため警戒が必要となります。
この「メイストーム」という言葉が生まれたきっかけは、1954年5月10日、北海道の東海上で急発達した低気圧によって、漁船が大量に遭難したことによるものです。たった1日で台風並みに発達し、被害を避けることができなかったのです。
メイストームは台風並みといっても、台風とは大きく違うところがあります。それは、影響範囲です。台風における暴風の範囲は、中心付近の暴風域の円内で、進路から離れた場所では比較的穏やかです。
一方、メイストームは、暴風の範囲が広く、中心から離れていても強い風が吹き荒れます。発達度合いによっては、日本列島がすっぽりと暴風エリアに入ることもあります。範囲が広いということは、台風よりも暴風を受ける時間が長くなり、台風一過のように急速な回復もありません。広範囲の暴風・豪雨により、各地で災害をもたらし、交通機関の乱れや停電の影響も広くなる可能性があるのです。
最近は、テレビやインターネットにおいてメイストームではなく「爆弾低気圧」という言葉が多く使われるようになりました。気象庁では、爆弾低気圧は「使用を控える用語」とされていますが、一年を通して使いやすく、爆弾という強い言葉で災害の危険性が伝わるのであれば、いいのかもしれません。
5月はレジャーの季節ですが、旅先での被害に注意が必要です。特に山のレジャーでは、低気圧が近づく前は暖湿流による雪崩、通過中は長時間の暴風、通過後は急激な気温の低下で低体温症の危険があります。お出かけの際は、予報をしっかりと確認するようにしてください。
著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう
気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。