お知らせ

2024年5月8日

津山商工会議所 所報6月号『今月の経営コラム』

潮流を読む

「価格に見合う価値の提供はできているか」

 

 企業にとって「適正な価格で誰に何を売るか」は、最大の経営課題の一つといえよう。例えば、現在のようなインフレ局面では、これまでと比べて、上昇している人件費、原材料などのコストを販売価格に転嫁することが相対的には容易だ。その半面、値上げ前提で販売価格を決めることが常態化すると、コスト管理が緩みやすくなり、企業に有利な価格設定の裁量が大きくなる。この結果、消費者のニーズとは何かの見極めが甘くなり、商品・サービスの価値に比べて販売価格が割高だと、ターゲットである顧客層に判断されてしまう可能性を否定できない。

 

 それを回避するためには、提供する商品・サービスが「価格に見合う価値」をターゲット顧客に提供しているか、常に見極めて経営することが重要となる。他社を圧倒し市場を独占するほど自社の商品・サービスの競争優位を築けていればいいが、差別化が難しい商品・サービスの市場では、「価格に見合う価値」を常に追求することが自社の競争力を維持するために必須となる。金融機関が提供する商品・サービスは、まさにこの差別化が難しい商品・サービスに該当する。このため、「価格に見合う価値」を提供できるかが、今後、金融機関の競争力を左右する。

 

 近年、欧州の金融規制当局は、金融機関がターゲット顧客の「価格に見合う価値」を追求しているかを監視する姿勢を強めており、金融機関はこの規制当局の姿勢への対応に本格的に取り組むことで、競争力の維持を目指している。その証拠に、3月に現地にて欧州の資産運用会社と中長期の戦略について意見交換をした際、自社の金融商品・サービスの「価格に見合う価値」=「バリュー・フォー・マネー」が議論の中心となった。

 

 その背景には、2008年のリーマン・ショックを発端とする金融危機を通じて金融・資本市場への信頼が大幅に損なわれて以来、欧州の金融業界で消費者保護規制が強化されてきた流れがある。その中心に位置するのが第2次金融商品市場指令(MiFID2)である。この規制では、資産運用商品を組成・販売・管理する資産運用会社は、「家計の安定的な資産形成の実現のため、資産運用会社等の金融商品の組成者においては、顧客の最善の利益にかなった商品提供を確保するための枠組み[注1]」(=プロダクトガバナンス)の構築が必須となっている。これにより、資産運用商品のライフサイクルの全ての段階で顧客の最善の利益に応じる活動をしているかを組織として明示する義務が生じている。ここでの「全ての段階」とは、金融商品を組成する資産運用会社だけではなく、それを販売する販売会社の勧誘、契約、販売後のアフターケアなどの活動が含まれている。

 

 このプロダクトガバナンスの中では、当然ながら金融機関は「マネー」よりも「バリュー」を追求することが優先される。その中心にあるのが、「バリュー・プロポジション」という考え方である。これは、自社の商品・サービスが持つ独自の価値(=バリュー)を顧客目線に立って定義して、顧客に提案(=プロポジション)することが必要となる。これにより、「これまで認識していた価値」と、「顧客目線の価値」のギャップを明確化でき、それを提供する仕組みを再構築するための準備が整う。多種多様な商品・サービスを提供し、それらが乱立している中から顧客に自社の商品・サービスを選択してもらうためには、自社特有の価値を継続的に顧客目線で見直し、顧客のニーズに適合させる必要がある。このプロセスがないまま競合他社との差別化を図ると、顧客がその金融機関の商品・サービスの価値を見いだせなくなり、差別化の取り組みが無駄となる可能性が高い。顧客のニーズに適合させること自体が前述の「バリュー・フォー・マネー」の「バリュー」ではなかろうか。そのためには、多種多様な顧客のニーズを知る必要があり、組織的な顧客のデータ収集能力、それに基づく顧客の特性・ニーズを分析するプロファイリング能力、そして、顧客のニーズに合わせて商品・サービスをマッチさせるパーソナライゼーション能力が必要となる。この3要素が商品・サービスの中長期の価値を維持していく源泉であろう。

 

 ただし、「バリュー」を実現する仕組みだけでは収益性は確保できない。いくら高いバリューを追求しても、コストが高くては採算割れになる。これに対応するためには、結局「誰に売るか」というターゲット顧客を見極める力が、競争優位を維持する決め手となろう。これは金融機関に限らず企業においても規模の大小を問わず、同様のことがいえるのではないか。

 

(4月12日執筆)

[注1]金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(第25回)・「資産運用に関するタスクフォース」(第4回)合同会合 議事録:金融庁 (fsa.go.jp)

 

著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

 


 

中小企業のためのDX事例

「自作システムで挑む町工場の生産管理の最適解」

 

 今回は株式会社タカハシの事例を紹介します。

 東京の三河島駅前の商店街の中にある従業員5人とパート・内職を合わせて約20人の町工場で、ゴムスポンジワッシャーを月産数千万個も製造しています。同社では具体的な課題として、月末に多くの時間を給与計算や請求業務など社内の処理に費やし、紙での管理では作業忘れが多発していました。注文された製品の生産計画がないため、場当たり的な生産管理を行っていたのです。これらの課題を解決するためにIoTツールを自前で開発・導入して現場の状況を把握し、高度な生産管理システムを自社主導で導入しています。生産管理のシステム化について、詳しく見ていきます。

 

 まず特徴的なのは入出力のやり方です。現場に負担がなく、間違いが起きにくいように多くの工夫がなされています。現場での入力は全てバーコードです。材料の置き棚、受注番号、手配書、作業指示、作業実績など現場に必要な情報はバーコードを読み取ることで画面に表示されます。数量変更や一部の追加情報だけは数字入力が必要なので、キーボードもあります。しかしこのキーボードは、テンキーとエンターキーだけを残し、他キーは抜いてフェルトで埋めて「エンターは1回ずつ軽く押してください」というテープを貼り、誤操作が起こりにくいものを独自開発しています。

 

 こうしたシステム化の効果としては、給与計算が半日から20分、請求業務も半日から30分弱、月に数件あった作業忘れは0件、納品書発行は1時間から10分と、大幅に短縮、改善されました。またロット管理や各種帳票出力も自動化され、お客さまからの問い合わせにも即答できるようになりました。何より、現場を可視化しデータによる評価基準を設けた結果、誰もが自信を持って仕事に取り組めるようになったことが最大の成果といえます。

 

 進め方も特徴的で、まず社長自身が工程管理システムを自作し、現場が「やりたいこと」「楽にしたいこと」を明確にしました。その後親族と一緒に、データ構造を整理しシステム化する業務範囲を拡張していきました。その取り組みを1年半続けた結果、管理データ体系やマスタ構成などが明確になったので外注しました。システム運用後、さまざまなデータ分析ができるようになったのです。システム上のデータだけでなく、議事録や変更履歴、業務上のイベントなど定性データを融合することで、現場で起きていることを解像度高く把握できて、具体的で効果的な打ち手を講じられるようになりました。

 

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

 

著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし

 ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。

 


 

職場のかんたんメンタルヘルス

「新しい環境下で気を付けたいストレス」

 

 新たな関係性を築いたり、情報を収集したりするときには、常に緊張感が伴います。緊張状態が長く続くと、弛緩(しかん)が難しくなり疲れをため込みやすくなります。心身の疲労が知らないうちにたまっていくと、ケアをすることさえも忘れがちになるので、そうならないために意識的にリフレッシュすることが大切です。心身の調子が良いときもあれば、悪いときもあります。だからこそ、無理のない働き方をしていくためにも心の健康に目を向けたいですね。

 このようなことがあったら要注意です。以下、いくつ当てはまるでしょうか。

 

・家を出た後に、玄関の鍵を閉めたかどうか気になり戻る
・就寝のために横になった後に仕事のことが気になり、書類のチェックなどのために起き上がることがある
・食べ過ぎ、飲み過ぎでもないのに、胃腸の調子が悪い
・寝つきが悪い、何度も夜中に目覚めてしまう、眠りが浅い
・普段は気にならない些細(ささい)なことでイライラしてしまう
・休んでも、なかなか疲れが取れない

 

 上記のような、普段とは違う状態が一つでも当てはまれば、ストレスがたまり始めているサインです。ストレスは、体温や血圧のように簡易に数値化することができません。よって、明確な自覚を促す手段がなく、見逃してしまいやすいので、チェック項目を参考にしてください。そして、当てはまるものがあれば、積極的にストレスケアを取り入れてください。
 

 ストレスケアで手っ取り早いのは、食べる・飲む・眠ることかと思います。それらを意識して取り入れることが大切です。酔っぱらうとか、お腹をいっぱいにするのではなく、好みのお酒を探したり、好きなものをおいしくいただいたりするなど、楽しむことを意識しましょう。

 食べ物は、手軽に買えるものでもいいですが、料理をすることは五感をフル活用する行為なので、心身のリフレッシュには効果的です。順序を考えながら手を使うことで、感覚的なものから嗅覚、味覚までを刺激するので、良い気分転換となります。今は簡単にできるミールキットなども豊富にありますので、気分と時間に合わせて取り入れると良いでしょう。体と心は連動しているので、眠る前にぬるめのお風呂に入る、軽くストレッチするなども有効です。

 普段の生活の中で手軽にできるケアを意識して取り入れ、ストレスがたまり過ぎないうちに解消してください。

 

著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ

法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。

 


 

トレンド通信

「イタリアの田舎と日本の田舎は何が違うのか?」

 

 紀伊半島南部の山の中に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」、いわゆる熊野古道があります。その傍らの廃校になった小学校跡地を利用し、グローバル人材育成を目指す小中一貫校「うつほの杜学園(仮称)」を創立しようという動きがあります。クラウドファンディングなどによる資金集めや体制づくりなどの準備が進み、2025年4月に開校する予定です。そのプロジェクトを主宰する仙石恭子さんのお話を聞く機会がありました。

 

 仙石さんは和歌山市の出身で、東京の大学を卒業後、イタリアに住み、仕事でイタリアのさまざまな地方に足を運んでいました。そこで感じたのが「海あり山あり。美しく、豊かな農水産物がある。和歌山の田舎とイタリアの田舎はとてもよく似ている」ことでした。一方で、大きな違いもありました。イタリアでは小さな田舎町にも世界中からその地域の食や景観を求めて観光客が来るのに、なぜ和歌山の田舎は寂れる一方なのか。

 

 イタリアでは、都市部で働いていても週末には地元へ帰って知人や家族と過ごす人が多く、その行動のベースになっているのが自分の生まれ故郷に対する強烈な誇りと愛情なのだそうです。よそから来た人に対しても、自分の村や町が世界一だと誇りを持って自慢します。地域の文化や暮らしに誇りを持ち、それを世界に対して伝えられる人材がたくさんいる。そのことが地域の活気の差を生む原因ではないかと仙石さんは考えました。

 

 子育て期に入ったことを機に生まれ故郷の和歌山に帰ったものの、国際的な視野で人材を育てる学校が地元にはないと知り、それならば自分でつくろうと思ったのがこのプロジェクトの始まりでした。県内の自治体に学校づくりの構想を伝えてもなかなか相手にされず、受け入れてくれたのが熊野古道を擁する田辺市だったのです。

 

 仙石さんの話を聞いて、イタリアの田舎にあって日本の田舎にないものは、人材のほかにまだあるのではないかと私は感じました。それは、地域の価値や魅力を広い世界の人たちに伝わるように表現するデザインの力です。例えば、日本酒とワインのラベルのデザインを比べてみれば分かると思います。最近でこそ日本酒のラベルデザインも多様化してきましたが、筆文字の漢字で酒蔵の名前や銘柄、あるいは大吟醸や山廃といったつくり方を大きく表記したものが多く、それだけでは漢字が読める人以外の消費者に魅力や違いが伝わらないでしょう。日本酒は製造工程もワインよりはるかに複雑で、もっと付加価値を世界中にアピールするべきだと思います。

 

 デザイン力を上げるには、まず「何を伝えるか」(提供する価値)の中身がきちんと整理されていないといけません。さらにそれを「誰に伝えるか」「どのように伝えるか」によって、形やテキスト、色合いなどを最適化します。

 地域が誇る伝統のものづくりがこの先世界で勝負していくためには、デザインに対する考え方も大きく変える必要があると思います。

 

著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。

 


 

気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話

「災害からの廃線を考える」

 

 この春、注目されたニュースの一つに、北陸新幹線の敦賀延伸がありました。一方では、鉄道ファンにとって寂しいニュースもありました。それは、北海道の根室本線、富良野~新得駅間の廃止です。

 

 皆さんは、鉄道の経営についてご存じでしょうか。鉄道は、開業前に多額の資金の初期投資が必要な産業です。開業後は、施設の維持と運行に必要な経費がコストになります。資金の返済や減価償却が終わると、運賃収入次第で事業を継続できます。しかしながら近年は、残念ながら地方の過疎化などで運賃収入が減り、ローカル線は赤字経営のところも多くなってきています。

 

 そんな鉄道経営に壊滅的なダメージを与えるのが「突然の災害」です。線路やその下の路盤などの設備に影響が出るため、復旧に多額の資金が必要になります。利用者が多く利益のある路線は資金が回収できるため早期復旧が可能ですが、利用者が減りながらも運行している路線では、新しく投資することが難しく、廃線に追い込まれるケースがあるのです。このように、想定できない気象災害や地震災害が廃線のトリガーになってしまうわけです。

 

 今回の根室本線も、台風による被害がきっかけで廃線になりました。この区間には、映画『鉄道員(ぽっぽや)』で有名になった「幾寅駅」があります。映画では廃止を目前に控えた駅という設定でしたが、現実でも気象災害が加わって廃止の運命となってしまいました。

 

 一方で、うれしいことに復旧が決まった路線もあります。球磨川豪雨で被災した熊本県の肥薩線の一部区間です。観光を軸にした地域への経済波及効果がバスよりも鉄道の方が大きく、税金から鉄道復旧への投資をしても回収できると自治体が判断したからです。

 

 人口減少とマイカー移行によって鉄道利用者が減っていく現状に加えて、気象災害は年々増加しており、毎年のように不通路線ができています。鉄道は民間事業者であるため、基本的には自らの資金で復旧しなくてはいけません。しかし、交通インフラという観点から見ると、自治体や住民の協力も必要なのではないでしょうか。

 

 ひとたび鉄道が廃線になると復活は難しく、バスに転換しても、乗客や観光客はますます減り、地域交通が崩壊しかねません。これまで100年つないできたものをいかに将来に引き継げるか、地域全体の課題として考える時が来ています。

 

 これから気象災害が多くなる時期です。災害自体への備え、存続への地域の協力に対して、一人一人が思いを寄せていくことを願ってやみません。

 

著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう

気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。