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津山商工会議所 所報7月号『今月の経営コラム』
潮流を読む
「生成AIは『当意即妙』と『杓子定規』の掛け合わせ?」
当意即妙と臨機応変は似て非なるものだ。当意即妙は、意を得る(当意)ことが即ち妙(不思議なくらい優れている)と読むことができる。その意味は、さまざまな状況に出くわしたときに、即興で非常に気の利いた言動ができることとなろう。それに対し、臨機応変は、機に臨み(臨機)、変に応ず(応変)と読むことができる。これを解釈すれば、さまざまな機会や危機に自ら対峙(たいじ)し、環境の変化に応じて適切な手段を講じ、機会を生かす、危機に対応するという意味となる。まとめれば、当意即妙の本質は、「気の利いた言動」という瞬間的な対応であり、臨機応変は時間をかけた考察や経験に即して「適切な手段を講じる」という対応となる。
この両者の違いを踏まえた上で、気になることがある。国会議員の国会での答弁において、時間をかけて適切な処置を施さなければならない政策課題に、当意即妙に対応することが最近あまりにも目立つ。当意即妙が悪いといっているわけではない。ただし、主張する政策課題の本質まで時間をかけて深掘りできず、瞬間的な気の利いた言動で済ませるという表面だけの対応にとどまるものが多いと感じる。このため、追及する側である国会議員、あるいはそれを報道するメディアも質問が当意即妙となり、うわべだけの質疑応答となる。加えて、このような当意即妙を良しとする風潮も強まっているようだ。
当意即妙と臨機応変の共通の特性である「置かれる状況・変化への機敏・適切な対応」の反義語が、杓子(しゃくし)定規である。杓子定規とは、融通の利かない画一的な対応との意味となる。前記の国会議員の答弁に当てはめれば、簡単に思い浮かぶ光景である。このように、当意即妙と杓子定規の政治家の答弁が目立つ。このため、例えば、最も重要な政策議論において、問題解決の本質に迫るような臨機応変にたどり着かないことが多くなっている。
ちなみに当意即妙は、非常に著名な芸術家である北大路魯山人が好きな言葉であるといわれている。魯山人は、「芸術は計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉を換えて言うなら、当意即妙の連続である」[注1]という名言を残している。芸術では、本質の追求のために、杓子定規ではなく、自由に己の芸術の意味するところを過剰に追究することが必要となるのは、魯山人の名言で理解できる。しかし、芸術以外、少なくとも政治家の政策議論では、主張する政策に「計画と作為」があってしかるべきもので、当然、「問題」が刻々と生まれ出てきてはならない。当意即妙ではなく、臨機応変であるべきだ。
ところで、生成AIは、瞬時に無数のデータを組み合わせて、瞬時に課題に対する答えを形にしているので、当意即妙の特性を持つと考えることができる。その半面、アルゴリズムを活用して画一的に質問に対応していくため、杓子定規という特性を併せ持っているともいえる。とすれば臨機応変の特性はなく、課題解決のための本質的な対応と適切な処理には結び付いていないのが、現在の生成AIといえよう。
課題解決過程では、生成AIのデータを大量に処理できる瞬発力が必要であるケースもあろうが、人間が真摯(しんし)かつ着実に問題に取り組むことが、臨機応変による変化に応じた適切な処置を施すことにつながるのでなかろうか。
ただし、人間の脳が、この処理能力が速くなると同時にますます正確になる生成AIに慣れ、依存度が高まってきた場合にどうなるのであろうか。人間の脳は、生成AIが出してきた答えを解釈せずに共感し、本質を見抜く力を失っている可能性がある。そうなると、臨機応変という言葉自体が意味を失うこととなろう。人間の脳は、行間を読まずに、生成AIが表現している”ママ”をただ受け取る”受信機”と同じ機能しか持たなくなる。生成AIが出した”答え”らしきものを、解釈しないまま、そのまま表現することとなるため、コミュニケーションは必然的にうわべだけとなろう。高速処理力、瞬発力だけが優先され、正しく考える時間が限りなく少なくなってくる社会は必要なのだろうかと、考えさせられてしまう。このような社会にならないために、人間の脳が、”臨機応変型”を維持できるような社会の仕組みが必要であろう。
(5月20日執筆)
[注1]北大路魯山人著、平野雅章編集「魯山人陶説」中公文庫、中央公論新社
著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり
静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。
中小企業のためのDX事例
「OOKABE GLASS株式会社のDX推進とその成功」
福井県福井市に本社を構えるOOKABE GLASS株式会社は、もともとは工務店や建築会社を主要な顧客とする伝統的なBtoBビジネスを展開していた「ガラス屋さん」でしたが、今では施主向けのガラス・鏡のインターネットオーダー販売を行う革新的な企業へと成長しました。
2005年に始めたこのインターネットオーダー販売が、業界の常識を変える第一歩となったのです。住宅建材の規格販売が基本とされる中で、個別に加工することの難しさとコストの問題にデジタル技術を駆使して挑戦した結果、サイズオーダーを含めて製品を「ユーザーから見て自然な価格」に設定することに成功しました。
ガラス出張修理事業で創業した大壁社長は、実際にガラスが割れて困っている顧客と直接顔を合わせ、その声を毎日聞く経験を積み、施主向けのオーダー販売「オーダーガラス板.COM」を立ち上げました。この新しいビジネスモデルは、個人ユーザーからの注文を受け、それを工務店に依頼するBtoCtoBの形態を取っています。この取り組みによって、施主から工務店に「OOKABE GLASS指定」で注文が入るようになり、単なるEC事業にとどまらないビジネスモデルとバリューチェーンの改革が実現しました。
DXの推進で特に力を入れているのは、ITとクリエーティブの内製化です。同社は、システムエンジニアやデザイナー、ライターを自社で採用し、内製化することで、品質を高めながら迅速な対応を可能にしました。18年には「OOKABE Creations株式会社」を設立し、クリエーティブ業務を専門化しました。さらに、22年には「株式会社FPEC(エフペック)」を立ち上げ、ECサイトのブランディングとエンジニアの育成を進めています。
これらの取り組みにより、OOKABE GLASSはIT企業のような組織体制を持ち、従業員の半数以上がエンジニアとしてECサイトの運営に携わっています。また、自社の成功事例を基にプラットフォーム制作事業も展開するまでになっています。
業界の習慣を打ち破った大壁社長ですが、現在では「福井県板硝子商協同組合」の理事長として、地域産業の発展や、地域全体でのDX推進に取り組んでいます。
OOKABE GLASSの成功は、技術導入にとどまらず、組織体制やビジネスモデルの根本的な改革にあります。試行錯誤と改善を繰り返しながらDXを進める同社の姿勢は、多くの企業にとってのモデルケースとなるでしょう。特に、内製化による効率化と品質向上の取り組みは、ほかの企業にも大きな示唆を与えるものです。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)
著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし
ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。
職場のかんたんメンタルヘルス
「ネガティブ感情は敵視しないで受け入れる」
ネガティブ感情は良くないものとして、できるだけ排除しようとしていないでしょうか。つらいときでも、「ネガティブにならず、できるだけポジティブにいこう!」と鼓舞することもあると思います。しかし、逆効果になる場合が多いのです。ネガティブな感情を無理やりポジティブに変えようとしたり、無視したりすると、いつまでも自分の気持ちに向き合えず、自己コントロールがうまくいかなくなるからです。
誰でも生きていれば、嫌なことがあったり、何らかの悩みを抱えたりするのは当然のこと。それが自然です。最近の傾向として、憂鬱(ゆううつ)や不安などのネガティブな感情を持つことは良くないこと、さらには、「病気」と捉える風潮があるように強く感じます。
しかし、そんなことは決してありません。喜怒哀楽の感情は、どれも大切な気持ちであり、どれかが欠けるとバランスを崩すことにつながってしまいます。無理やりポジティブな自分を演じてしまうと、本来の自分の気持ちとのギャップに苦しむことになるのです。本当のポジティブ思考とは、ネガティブな気持ちを無理やりポジティブにしようというものではないのです。
それでは、嫌な気持ちから自分を解放するにはどうしたら良いのでしょう? ここでは、簡単な方法を一つお伝えしたいと思います。嫌な気分にどっぷり浸ることです。「こんなことを考えては駄目だ」と、嫌なことを忘れよう、考えないようにしようと思えば思うほど、反対にその感情にとらわれてしまう傾向があります。そこで、無理して考えないように頑張るのではなく、あえてその傷をじっと見つめる。それこそが、回復を早めるポイントです。
具体的な方法としては、自分のネガティブな気持ちを紙やスマホメモに書き出してみるのが良いでしょう。大切なのは、湧き上がってくる感情にただ素直に向き合うということです。無視をしたり、追い出そうとしたりせずに、「つらいな」「悲しいな」「苦しいな」というあなたの気持ちにそっと寄り添うだけ。無理やり分析をしたり、乗り越えたりする必要もありません。
ネガティブ感情にじっと向き合ってみると、つらさや悲しみを手放せるまでの時間が徐々に短くなってくる感覚を得られるはずです。
著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ
法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。
トレンド通信
「気になる消費のキーワード『ほったらかし』」
少年ジャンプのデジタル版「少年ジャンプ+」に、『ほったらかし飯』という連載漫画があります。一人暮らしの働く女性が、ビンゴで当たった炊飯器一つで、白飯だけでなくおかずも同時にできる料理づくりに挑戦するというストーリーです。レシピ紹介のアイデアとともに今どきの生活スタイルの提案になっていて、興味深く読んでいます。
「タイパ」という言葉を聞いたことがあるかと思います。コストパフォーマンスを略してコスパというように、かけた時間に対して得られるものの効率をタイムパフォーマンスと考え、それを略したものです。よく引き合いに出される例として、動画を楽しむ若い消費者は、普通に見るのが時間の無駄だと考えて、早送りをしながら見るそうです。確かに地上波のテレビ番組を見ていると、CMの前に展開を出し惜しみしたり、CMの後にもCM前と同じ映像を流したりする手法が定着しています。さすがに得られる情報量に対する時間効率が悪いと感じます。
タイパの考えがさらにエスカレートしたものが「ほったらかし」ではないか、と私は考えています。この言葉が気になったのは、このキーワードで説明できるヒット商品がいろいろな分野で登場してきたからです。パスタを折ってソースが入った袋に入れ、電子レンジにかけてつくるスパゲティや眠っている間に体調を整えてくれる乳飲料など、その商品のメリットを享受するために消費者は特に何もしないでいいというコンセプトです。
さまざまな技術の進歩が、こうした”手間いらず”の消費スタイルを手助けしています。食品だけでなく、例えば電子レンジ自体も、冷凍食品の解凍と冷蔵の総菜の温めを同時にできる機能を持ったものが登場しています。とりあえず温めたいものはまとめてレンジにかければ、後は細かい調整をしなくても自動でやってくれるというものです。
投資信託やゲームの分野でも、利用者は特に何も指示や操作をせず放置しておくだけで成果が出るものが昨年のヒット商品ランキングに入っています。また、今年以降のヒット予測の中にも、微細な泡を発生させてお湯を使うだけでキッチンや風呂などの水回りの汚れを防ぐ給湯器などが挙げられています。これも、利用者があえて何かしないでも、ほったらかしで自動的にご利益が得られる商品だといえます。
「ほったらかし」が、複数のことを同時にこなす「ながら」と違うのは、一つの作業は完全に機械などに任せてしまい、その間はほかのことができる点です。「ながら」は自分がうまくやらないと成果が得られないリスクがありますが、「ほったらかし」は、一つのことは失敗しないで確実にこなし、同時に自分のやりたいことにも時間を使うという考え方です。
富裕層と一般消費者層、一人の生活の中でも高級な嗜好(しこう)品と安い日用品が使い分けられるように、消費の二極分化、二面化が進んでいます。「ほったらかし」は、生活の中で時間の使い方が二極分化を始めている現れかもしれません。
著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ
日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。
気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話
「警戒アラートで熱中症対策」
全国的に猛暑になった昨年の夏、北日本を中心に、多くの場所で観測史上1位の暑さを記録しました。特に、秋田県内は暑さの勢いが止まらず、過去の観測史上最高気温上位10位のうち、五つが更新されたほどでした。
この記録でふと思い出したのが、秋田の夏の風物詩「ババヘラアイスの屋台」。道路沿いのパラソルの下、おばあちゃんがヘラで2色のアイスを花の形に盛り付けてくれます。15年前に訪れたときは、現在ほど暑くなかったのですが、近年の異常な暑さに、屋外での販売は店員さんの体調が心配になります。さらに今年は、ペルー沖の海水温が平年より低いため、「ラニーニャ現象」が発生する予想で、猛暑の可能性が高まっています。熱中症にますます注意が必要です。
例年、熱中症で救急搬送される人は高齢者が半数以上ですが、現役世代も3分の1を占めています。実は、熱中症は気温だけでなく、湿度、風速、日射量など複数の要素が関係していますので、気温の数字だけ見ていると油断しがちです。そこで、参考にしていただきたいのが「暑さ指数(WBGT)」です。先ほどの複数の要素を考慮した熱中症リスクの指標で、指数31以上が一番高い「危険」ランク。外出を控えることが求められています。次に「厳重警戒」や「警戒」レベルがあり、室温の上昇や十分な休息についても注意喚起されています。
2021年以降は、この暑さ指数を活用した「熱中症警戒アラート」が提供されています。前日や当日の予想で、観測地点のどこかが指数33以上になると都道府県単位で発表されます。昨年の発表は合計1232回でした。そして、今年からはさらなる猛暑に備えて、もう一段階特別なアラートが開始されました。それが「熱中症特別警戒アラート」です。これは、都道府県の全地点の暑さ指数が35以上になった時に発表されます。過去10年間で基準に達したことはありませんが、暑さレベルは容赦なく上がっています。
さて、職場では「安全配慮義務」というものがあります。職員の熱中症に関しても十分に注意が必要です。屋外での作業は、適切な判断で休憩や休止を取り入れ、風通しの良い服装や水分補給にも配慮しなくてはいけません。熱中症が疑われ、症状が回復しない場合は、早めに救急車を呼ぶ必要があります。屋内の環境にも同様に気を配り、猛暑を安全に乗り切りましょう。熱中症は対策をすれば避けられる症状です。暑さ指数や警戒アラートを活用して、職場でも積極的な熱中症対策ができるといいですね。
著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう
気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。