お知らせ

2024年7月23日

津山商工会議所 所報8月号『今月の経営コラム』

潮流を読む

「銀行の企業価値経営における『取らざるリスク』の重要性」

 

 これまで銀行は、低金利下において、健全性の維持との見合いで、貸出残高を可能な限り増やしてきた。低金利下では、貸出量を増やさないと、あるいは貸出期間を長期にして金利を上げないと、それまでの金利収入を確保できなかったからである。
 

 この点について、日本銀行「預金・貸出関連統計」で2012年度から23年度(23年10月時点)の貸出残高の変化を確認する。銀行全体の貸出残高(年度換算の平均残高)は、419兆円から1.3倍の561兆円と大幅に増加し、それに伴い銀行のバランスシートは拡大してきた。ただし、利率別国内貸出残高を見ると、貸出金利が1%未満の貸付残高が大幅に増えた一方、1%以上の貸出残高が急減した。同期間で1%未満の残高は148兆円から403兆円と2.7倍に膨れ上がった一方、1%以上の残高は271兆円から158兆円とほぼ半減している。1%未満の残高の内訳としては、0.5%未満の貸出残高の伸びが大きく、48兆円から200兆円と約4倍の水準に達した。その一方、直近12年で2%以上の貸出残高が99兆円から33兆円と約3分の1に減少した。
 

 増加した貸出の貸付形態は、個人向け、法人向け融資とも貸出期間の相対的に長い証書貸付[注1]である。この点について、日本銀行が公表した23年10月の「金融システムレポート」によれば、「民間債務が増加する過程で、借⼊期間が⻑期化している」ことが背景にあり、「借⼊期間は2000年代以降のピーク圏」にあるという。つまり、法人向けの融資では「長期金利が低下した機会を捉えて、長期固定金利の安定資金を確保し、借換リスクを抑制し」、個人向けの融資では「長期・低利の変動金利借⼊によって、大口化した住宅ローンの月々の返済負担を抑制し」てきた。このため、銀行のバランスシートの運用側の大部分を占める貸出残高は拡大したものの、その特性は、利率が低い貸出残高の割合が大幅に上昇し、それらの融資期間が長期化したことで、大きく変化した。
 

 ただし、直近では、円貨金利の上昇、株主から銀行経営者に対する企業価値経営のプレッシャーの高まりなどにより、この傾向に変化が見られる。銀行の23年度の決算説明会資料を見ると、企業価値経営において、貸出残高を増やすことよりも、貸出の収益性の向上に焦点が当てられてきている。さらに、融資期間を長期化するとリスクの量が増えるため、信用リスク(個人・法人の債務返済ができなくなる可能性)管理を強化している。この二つに注意を払いつつ、銀行という組織の企業価値向上経営において収益性の向上を実現するために、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を策定し、組織に浸透させることが重要となっている。これを「リスク・アペタイト・フレームワーク」と呼ぶ。
 

 このフレームワークの導入によって、銀行の新たな経営課題が明確になってきている。銀行は、前述したように過去10年以上、貸出残高=「信用リスクの量」を追い求めてきたが、現在では「取らざるリスク」をいかに見極めることができるかという課題に直面している。加えて、取るべき信用リスクをある時点で見極めたとしても、金利および景気変動などにより、将来的に貸出先の信用リスクが顕在化した場合に、対応できるためのリスク管理の強化・高度化が必要となっている。
 

 ただし、このフレームワークがあれば、中長期的な収益目標と実績とのギャップが生じた場合に、その原因を特定し、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を見直すことで、経営のレジリエンス(一般的には回復力の意味。ここでは事業運営において予想外の問題や変化に対して柔軟に対応できる能力)を改善できるといわれている。今後は、事業会社においても中長期的に経営のレジリエンスが試されるため、銀行の前記のような取り組みは、事業会社においても参考になろう。           

  (6月20日執筆)

[注1]金融機関が融資するに当たって、借主から借用証書を差し入れさせて行う貸付を指す。

著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

 


 

中小企業のためのDX事例

「老舗下請け企業が挑むデータ活用とデジタルサービス事業」

 

 愛知県豊田市に本社を置く三井屋工業株式会社は、1947年に輸入雑貨で創業しました。輸入品を梱包(こんぽう)していた麻袋を捨てるのが惜しく、解いて反物にする事業を始めたことがきっかけで、53年から自動車の内装部品製造に進出し、現在までトヨタ自動車のティア1(一次請けメーカー)として事業を行っています。2018年のセレンディップ・コンサルティング株式会社(現セレンディップ・ホールディングス株式会社)との資本提携をきっかけに、DXに本格的に取り組み始めました。
 

 三井屋工業のDXの始まりは、業務プロセスの見直しと現場のデータ化でした。まずはOffice365の導入からスタートし、業務連絡など社内コミュニケーションをチャットで行うようにしました。次に、業務日報ツールの導入を検討しましたが、高コストのため断念し、代わりに社内のIT担当者が自作した業務日報ツールを復活させました。このツールは開発当初、上層部に提案したものの採用されなかったのですが、現場データを正確に把握・管理し、業務の効率化を図るために適したものでした。
 

 当時の製造現場はアナログ中心だったこともあり、完璧なデータ収集やあるべきデジタル活用を追求するのではなく、「今よりも正しいデータが取れたらOK」という考え方に基づいて進められました。デジタル化による現場の負担感を軽減するために、まずアナログでの記録を徹底し、デジタルツールを使うことの利便性を感じてもらうことにより、約3カ月でデジタル化が浸透しました。
 

 定着のためには、現場の努力がデジタル化によって可視化され、報われる仕組みをつくりました。不良改善の際には報奨金が支払われる制度を設け、現場のモチベーションを高めました。これにより、現場の従業員は自分たちの努力が上層部から正しく評価され認められているという実感を持つことになり、デジタルツールの活用により積極的に取り組むようになりました。
 

 さらに自社開発した製造現場マネジメントツールは、「HiConnex(ハイコネックス)」として展開しています。このツールは、当初は自社運用のために開発されましたが、工場見学した製造業の人たちからも高い評価・問い合わせを受け、外販できるクラウドベースのサービスとして提供することになりました。
 

 製造業ではスモールスタート、アジャイル、プロトタイピングといったスピード感のある開発手法に抵抗感がある事例は多いのですが、今回の取り組みは現場と経営陣が近い中小企業だからこそ可能であり、迅速な意思決定と柔軟な対応ができたことが成功の鍵といえます。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

 

著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし

 ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。

 


職場のかんたんメンタルヘルス

「夏季うつを予防する三つのコツ」

 

 昨今、酷暑が続いており、これからの季節は暑さとの闘いになることは必至です。夏や冬に不調を引き起こす、季節性うつというものがあります。今回は、夏季うつを取り上げます。うつになると、食欲不振や睡眠の質の低下、やる気のなさなどが表れますが、原因のない不安感が強いのが夏季うつの特徴です。
 

 刺激と変化によるストレス要因のことを「ストレッサー」といいます。夏場の主なストレッサーの一つに、日差しが挙げられます。強い日差しは刺激が強く、それだけで大きなストレッサーとなります。それを避けるために、日傘、帽子、サングラスなどを使用しましょう。日中、事務所にずっといるので昼休憩の時くらい外へ出ようという気持ちは分かりますが、ちょうど太陽が一番高く日差しの強い時間帯でもあるので、ある程度遮光することが大切です。飲食店などでも太陽の高い時間帯は窓際を避けることも予防になります。オフィスでも強い光が差し込まないように、シェードやカーテンなどで遮光をするのもお勧めです。明る過ぎないように工夫しましょう。
 

 また、体温よりも高いのではないかと思われる温度になる屋外と、寒いほどクーラーの効いた室内の温度差が激しく、そこを行き来することにより身体に大きな負担がかかります。特に、それを一日何度も繰り返す人は要注意です。室内では羽織るものを用意する、屋外では可能な限り遮光し、携帯用ファンや首元につけるクールリングなどを適宜使用するなど、身体への負荷を減らすことが大切です。
 

 そして最後に、栄養にも気を配りましょう。脱水症を気にしてたくさん水分を取ることは良いのですが、それでおなかが膨れて十分な食事量を取れないということが起こります。気持ちのコントロールに影響する、セロトニンの元となるトリプトファンの摂取不足は、身体の不調を引き起こします。大豆製品、乳製品をはじめ、バナナやアボカド、カツオなどにはトリプトファンが多く含まれているので、冷ややっこにかつお節をかける、コーヒーはブラックではなくカフェオレや豆乳ラテにするなど、ちょっとした工夫をしていただければと思います。
 

 暑い季節ならではの予防策を講じて、心身ともに健康に夏を乗り切りましょう。

 

著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ

法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。

 


 

トレンド通信

「すぐもうかるからといってやってはいけないこと」

 

 先日、熊本でワインやウイスキーに詳しい知り合いから教えてもらったバーへ行きました。30年ほど前から営業しているカウンターだけのこぢんまりとした店で、バックバーにはさまざまな種類の酒が200本ほど並んでいました。
 

 店主に古いウイスキーについてあれこれ聞いていたら、こんな話をしてくれました。最近初めて来た海外からのお客さんが、バーに並んでいる古い酒を何本かまとめてボトルごと買いたいと言ったそうです。それなりに目利きのお客さんらしく、現在ではなかなか入手しにくいものばかりを指定して、半分に減っていてもいいから買いたいとのこと。バーにとってはその店のこだわりを象徴するようなボトルなので、全部売ってしまっては今後の商売が困ります。結局、まだ複数の在庫を持っているものに限って、何本かを通常の2倍くらいの価格で売りました。合わせて数十万円の売り上げとなりましたが、それでもお客さんは「安い」を連発して満足して帰ったそうです。
 

 熊本は、いま郊外に台湾の半導体製造会社TSMCが進出し、いくつも工場を建設する計画が進んでいます。また、韓国、台湾、香港からの国際便が熊本空港に運航し、まちに外国人があふれています。ネットで調べるとすぐ出てくるような人気の飲食店は、外国人の対応に追われていて騒然としています。いわゆるオーバーツーリズムの問題が起きています。
 

 そんな中、熊本名物のスープ「太平燕(タイピーエン)」の有名店を訪ねた際、ちょっと面白い光景を見ました。お昼時には行列ができるため整理券の自動発券機を導入し、店舗前で並ぶ人数を減らしています。自分の順番が近づくと自動的に携帯電話に連絡が入る仕組みです。受付にはベテランスタッフを1人常駐させて、お客をさばいていました。
 

 店内に入るとかなりフロアは広く、その中で一定の間隔を空けて、意識的に使わない席を設けているようでした。全ての席を埋めてしまうと、厨房(ちゅうぼう)や配膳に仕事が一気に集中して、お客を待たせたり店内が騒然としたり、落ち着かない雰囲気になってしまいます。おそらくその日のスタッフの人数に合わせて、このような運用をしていたのだと思います。
 

 おかげで、ゆったりとした雰囲気の中で食事を楽しめました。この店のシステムでは、お客の待ち時間を、店内のテーブルに座って待たせるのではなく、店の外で自由に使ってもらうようにしています。また、店内では席数を減らしたことで余裕を持ったサービスを提供できます。そのため、名物の魅力以上に私はまたこの店に来たいと思いました。
 

 同じものを提供されてもどのような雰囲気やサービスが伴っているかで、客の体験価値は大きく違ってきます。持続可能なビジネスをつくるためには目先のもうけより、一時的にお客に嫌われたとしてもこうした考え方・やり方が大事ではないかと思いました。

 

著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。

 


 

気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話

「同じダムは二つとない」

 

 今では観光スポットとしても人気のダムですが、その総数はどれほどあるかご存じでしょうか。現在、日本ダム協会によると全国で約2700カ所。平均すると、各都道府県に55カ所以上で、そんなにあるのかと驚く人もいるかもしれません。ダムはつくられる場所の地形や地質などでさまざまな構造のものがありますが、その種類は大きく分けて4種類です。
 

 まずは、全体の4割ほどを占める「重力式コンクリートダム」。水圧をダムそのものの重さで支える形式で、巨大なコンクリートの塊がそびえ立ち、迫力満点です。横から見ると三角形になっているのが特徴です。
 

 次に、弓のような形の「アーチ式コンクリートダム」で、代表されるのが富山県の黒部ダムです。曲線形のためコンクリート量が少なくて済みますが、ダム本体ではなく両岸の岩盤で水圧を支えるため、岩盤が強くないとつくれません。全体の2%程度しかなく、珍しい形式のダムです。
 

 そして、土砂などでつくる「アースダム」。全体の4割強を占め、日本で一番多い種類のダムです。高い構造のダムには適さず、ため池として使われている所が多いです。古くからの形式で、大阪府の狭山池ダムは7世紀前半につくられたもので、日本最古と伝えられています。
 

 最後は「ロックフィルダム」です。岩石や砕石を積み上げてつくられています。素材はダム周辺にある岩石などが使われることが多く、黒いダムや白いダムなど地域の地質特性が現れた色になっています。
 

 こうして主に4種類に分けられるダムですが、実際にダム巡りをしてみると同じダムは二つとないことに気付きます。同じ種類でも、地形によって幅や高さ、ゲートの位置など千差万別だからです。
 

 例えば、重力式コンクリートダムの中でも、群馬県と埼玉県にまたがる下久保ダムは、幅が605mあり直角に近いL字型の構造を持つ横長のダムです。また、広島県の帝釈(たいしゃく)川ダムは幅が39.5mしかなく、高さが62.4mもある縦長の構造となっています。そして、放水するゲートが真ん中にあるダムもあれば、端に付いているダムもあります。古くからあるダムはゲートの数が多い傾向があって、岐阜県の大井ダムは21門もあります。
 

 それぞれの特徴に加えて四季の景観美もあり、ダムの魅力は尽きません。各地のダムで配布される写真入りの「ダムカード」を集める醍醐味(だいごみ)も、このような唯一無二の景色にありそうです。
 

 夏のダムは水しぶきもあって涼しさが感じられます。ダム湖でレジャーを楽しめる所もありますので、山あいのダムへ出かけてみてはいかがでしょうか。

 

著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう

気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。