お知らせ

2024年8月16日

津山商工会議所 所報9月号『今月の経営コラム』

潮流を読む

「忘れがちな公的年金制度の特性」

 

 最近、老後資金の確保がメディアで取り上げられる機会が増えている。その背景には、まず「2025年問題」がある。これは現在の人口の世代別のボリューム層である「団塊の世代」(1947年~49年生まれの世代)が、2025年に全て後期高齢者になることを指す。さらに、次のボリューム層である「団塊ジュニア世代」(1971年~74年生まれの世代)も50代となり、老後の生活の準備を意識する年齢となることが挙げられる。「令和5年版厚生労働白書」によれば、2025年には、15~64歳の生産年齢人口7310万人に対して、65歳以上の高齢人口は3653万人と推計されている。高齢者(65歳は厚生年金受給開始年齢)の生産年齢人口に対する比率は50%となり、15~64歳人口の2人に対して1人の高齢者となる。

 

 特にメディアで注目されてきているのが、公的年金の支給額の見通しである。7月3日に厚生労働大臣の諮問機関は「将来の公的年金の財政見通し」(財政検証)[注1]を公表した[注2]。この財政検証では、「所得代替率」という「現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率」によって表される「公的年金の給付水準を示す指標」が用いられている。この指標が、次の財政検証(29年実施予定)までに50%を下回ると見込まれるか否かが重要な検証結果となる。下回れば、「給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずる」としている。24年度の所得代替率は61.2%[注3]と算出された。
 

 所得代替率の算出においては、将来の社会・経済の状況に関する一定の諸前提として、「人口の前提」「労働力の前提」「経済の前提」が置かれ、複数のケースが設定されている。一部の有識者からは、現在検討中の政策も含めて政府の推進している政策による三つの前提の実現可能性(例えば、現時点の水準とは乖離(かいり)が大きい出生率、経済成長率)と、今回の所得代替率の水準で十分な老後資金といえるかということなどに対して懸念が示されてきている。
 

 そのような懸念にも一理あるが、そもそもの公的年金制度の仕組みは、働く子から高齢の親への「『仕送り』を社会化したもの」という公的年金の特性を忘れてはならないであろう。つまり「仕送り」とは、現役世代が納めた保険料をその時々の高齢者の年金給付に充てる仕組み(=賦課方式)のことである。このため、将来世代の負担する保険料水準が高くなり過ぎないように配慮しなければならないことには留意する必要があろう。
 

 加えて、公的年金は「老後生活の基本を支える役割」を担っているという特性も認識しておく必要があるだろう。「基本を支える」以上の部分については、「老後生活の多様な希望やニーズに応える役割」を担う私的年金として企業年金(確定拠出および確定給付年金)と個人年金(iDeCo)が用意されている。さらに、24年1月からはNISA(少額投資非課税制度)の新制度が導入され、個々人の多様な目的に合わせて自助努力がしやすい資産形成の制度が拡充されている。
 

 政府は引き続き、所得代替率を維持する政策を推し進めていく必要はあるものの、公的年金の特性を踏まえると、今回の見通しは老後生活の基本を支える資金の目安と捉える方が健全な見方と思われるが、いかがであろうか。

(7月19日執筆)

[注1]国民年金(全国民共通の給付である基礎年金)および厚生年金(サラリーマンを対象とした報酬額に比例した給付)の財政の現況および見通し。
[注2]「令和6(2024)年財政検証結果の概要」を指す。年金制度の改正を議論する社会保障審議会の年金部会(第16回)において公表された。財政検証は、厚生年金保険法および国民年金法の規定によるものであり、04年の年金制度改正以来実施されてきて今回で5回目。少なくとも5年ごとに実施されている。
[注3] (夫婦2人の基礎年金13.4万円+夫の厚生年金9.2万円)÷(現役男子の平均手取り37.0万円)で算出。 

          

著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

 


 

中小企業のためのDX事例

「デジタル技術とリードユーザーでつくる新たな価値」

 

 今回は、ユーザー中心を実現し、柔軟な対応力と迅速な意思決定という中小企業ならではの組織能力を生かして、誰もが使いやすい製品・サービスの企画開発を目指すPLAYWORKS株式会社を紹介します。同社では、従来製品・サービスでは使いづらさを感じている障がい者や高齢者などをリードユーザーと定義づけ、新たな価値を見つけ出す水先案内人として企画開発の中核を担ってもらっています。この手法はインクルーシブデザインといわれるものです。また、リードユーザー独自の新たな課題を解決する手段として、迅速な試作(プロトタイピング)と素早い試行錯誤(アジャイル)にデジタル技術を使うことで、短い製品開発サイクルの中、ユーザーの多様なニーズに対応できるようにしています。
 

 例えば、日本マイクロソフトと共同開発した「WriteWith」は、聴覚障がい者と聞こえる人が顔を見ながら筆談できるアプリです。聴覚障がい者とのコミュニケーションは筆談が多いですが、文字だけでは表情などが読み取れず一方通行のやりとりになりがちでした。このアプリは、タブレットに内蔵されたカメラの画像からAIを活用して感情認識や文字認識を行い、聴覚障がい者と聞こえる人がより自然に、相互にやり取りができるようになるものです。
 

 また、セイコーなど4社共同で「薄型ソーラービーコン内蔵点字ブロック」を開発しました。従来の点字ブロックでは、視覚障がい者にとって一方向の情報提供にとどまり、複雑な道順や障害物の多い環境では不安を感じることが多いという課題がありました。この製品は、点字ブロックに埋め込まれたビーコンから視覚障がい者のスマートフォンへ電波を発信し、イヤホンなどを通じて音声で道案内や施設案内を行えます。これにより現在地がいつも正確に把握できるようになり、道順を忘れてしまったり、駅や道路の工事による通行止めで経路が分からなくなったりしたときなどに役立つと、期待されています。
 

 ほかにも、ぺんてると新しい画材開発を目的とし、絵を描くことがほとんどなかった視覚障がい者をリードユーザーとして、表現する喜びを実感できる商品を開発したり、牛乳石鹸と新規事業・製品開発を目的とし、触覚や嗅覚に優れているリードユーザーと共創型製品開発・評価を行ったりしました。「見えない」という視覚障がい自体の多様性を実感するための「ロービジョン体験キット」の開発などもしています。
 

 企業がインクルーシブデザインに取り組むことで、全てのユーザーにとって優れた製品やサービスを提供することができます。PLAYWORKSの取り組みは、デジタル技術を活用して新しいユーザー体験を創造し、社会課題を解決する一方で、ビジネスとしての成功を追求しています。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

 

著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし

 ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。

 


職場のかんたんメンタルヘルス

「Z世代の指導法」

 

 Z世代という言葉を耳にすることも多いと思います。年齢は明確に定義されていませんが、「1990年半ばから2010年代生まれの世代」を指すことが一般的で、職場にいる30歳くらいまでの若手がこれに該当します。
 

 この年代の特徴はいくつかあると思いますが、職場で問題になるのは「Z世代に対する叱り方や指導方法」ではないでしょうか。該当の年代は学校や家庭で強く怒られたり、何かを強いられたりするというようなことには慣れていません。それ故に業務上のミスなどをどのように注意したらよいか分からないという相談をよく受けます。実際にこの年代の子を持つ管理者も少なくありませんが、自分の子どもに対して「叱る」という経験があまりないという人も多く、強く伝えることで必要以上にへこませてしまうのではと危惧したり、さらには離職につながっては大変だと、言いたいことを言えなかったりするということもあるようです。
 

 しかし、危険を伴う業務や作業をする場面では、仕事上伝えなければならないことを躊躇(ちゅうちょ)する必要はありません。ダメなものはダメと伝えることが大切です。その場合でも、やみくもに注意するのではなく、なぜダメなのかという理由を具体的に説明することが重要です。「常識だから」「そう決まっている」などという理由では、単なる嫌がらせと捉えられてしまっても仕方ありません。また、取引先とのやりとりで、こちらの都合だけでなく、相手の都合で急に方針が変わることもあります。そんな折は自分にも余裕がないため、なぜ変更になったのかと問われたときに「あれこれ言わずに」と相手をけん制してしまいがちです。指示の変更はあり得ることなので、明確な理由をひと言添えることが大切です。
 

 実際に、若い世代からの声を聞くと「もっと指摘してほしい」「ダメなら注意してほしい」という、成長につながる声掛けを欲していることを感じます。遠慮して言わないと部下は「成長が見込めないと思われている」「期待されていない」「ここでは成長できない」とネガティブに捉えてしまうのです。
 

 言うべきことは、はっきりと具体的な理由を明示することで、こちらの意向や真意を受け取ってもらいやすくなります。ぜひ、遠慮せずに言いたいことを伝えていきましょう。

 

著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ

法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。

 


 

トレンド通信

「20代の価値観や節約志向を理解しよう」

 

 先日、雑貨店をいくつか経営する友人に「最近の若い人はどこにお金を使っているんでしょう?」と聞かれたので、いろいろと調べてみました。日々20歳前後の若者と接している大学教員の友人は、「とにかく節約志向が強い」と話していました。SMBCコンシューマーファイナンスが今年1月に発表した「20代の金銭感覚についての意識調査2024」を見ると、金銭感覚を通じた若者の価値観や人生観が垣間見えます。
 

 そんな中で、私が特に興味を持ったのは、結婚や出産・子育て、持ち家と収入の関係でした。これまで、過去のさまざまな調査から結婚や出産・子育てを妨げている要因は「お金がないこと」だと認識していました。しかし今回の調査で、結婚について「年収がどんなに多くても、したいと思えない」と答えた人が21.8%もいました。出産・子育てについて同様に答えた人は24.3%で、ともに約1年前の前回調査に比べ4ポイント以上と大きく増加傾向にあります。
 

 この二つの設問に共通するのは、単純に収入が多ければする、少なければしないという傾向ではないことです。年収の少ない方から「500万円あれば」の選択肢までは年収が増えるにつれて「したい」という人が増えますが、それ以上になると結婚や出産・子育てをしたい人の割合は必ずしも増えません。また、年収がどんなに少なくても結婚したいと考える人は14.5%います。同様に出産・子育てについては8.7%で、前回調査に比べ減少傾向です。
 

 住宅についても、「年収500万円あれば」が購入意向として多く、年収がいくら多くても購入したくないと回答した人が2割以上います。20代にとって人生の大きなイベントや高額の買い物の実現意向が、年収の多少とあまり関係なく、「したい人は年収が少なくてもしたい」「したくない人は年収が多くてもしたくない」と読み取れます。また、家庭や家といったものに対する価値観は収入の低い人ほど憧れがあり、年収がある程度以上の人はむしろ足かせに感じる傾向があるといえるかもしれません。
 

 一方、同じ調査で「人生を楽しむために一番大切にしたいと思うもの」という設問に対して全体で「家族」が12.2%で1位、以下「趣味」(11.0%)や「恋人・パートナー」(10.1%)と続きます。近しい人との関係を大切にしていることがうかがえます。先の傾向と合わせると、その上で、あまり形にはこだわらないということになるでしょうか。
 

 この調査全体を通じて強く感じるのは、若い世代の将来への不安と強い節約志向です。「老後が不安」と感じる人は73.5%とほぼ4人に3人。節約のために「外食を控える」は約3割、交通費を節約する人も約3割います。
 

 20代はこの先10年、20年と消費の中心を担う世代です。若いころに感じたお金への苦労と不安とともに生きていきます。商品やサービスを企画・提供する人は、自分の世代との感覚のギャップを常に意識する必要がありそうです。

 

著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。

 


 

気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話

「鉄道車両の譲渡の深い意味」

 

 「ノーサイド」の精神は、ラグビーなどスポーツの世界だけのものではないようです。今年5月、鉄道業界でもノーサイドといえるような出来事がありました。それは「小田急電鉄から西武鉄道への車両の譲渡」です。
 

 両社はともに大手私鉄で、小田急電鉄は東京から神奈川県西部、西武鉄道は東京から埼玉県西部を拠点としています。沿線は重なっていないものの、両社は戦後早々、箱根での交通と観光の主導権を巡り、戦いを繰り広げていました。訴訟もあり、時には運輸大臣を巻き込むほどの激しい争いが20年以上も続いたため、「箱根山戦争」とも呼ばれています。この戦いは1968年に終結し、その後は共存関係になりましたが、本格的に業務提携を行ったのは2003年のこと。騒動が始まってから実に半世紀以上もたっていたのです。その両社が先日行った鉄道車両の譲渡は、まさに本業の鉄道事業での協力で、箱根山戦争の本当の終結ではないかといわれています。「戦いが終わった後は、互いの健闘をたたえ和解する」ノーサイドの精神そのものではないでしょうか。
 

 今回のような大手私鉄同士の車両譲渡は非常に珍しく、約50年ぶりのことです。大手は資金力があるため、自社の路線特性やイメージ戦略に合わせてオリジナル車両をつくることができます。それが沿線の雰囲気を醸し出してきました。ひときわ強いブランドになっている例は、関西で上品なイメージを持つ阪急電鉄で、マルーンカラー(茶系)に塗られた車両が人気を博しています。西武鉄道も長らく黄色い車両の電車をつくってきましたが、比較的古いため、省エネを目指す上では課題がありました。そこで今回のように、他社から中古車両を購入することに踏み切ったのです。新車を開発するよりコストが削減でき、SDGsへの貢献や環境負荷の低減にもつなげられるメリットがあります。最近は複数の路線をまたぐ大規模な直通運転が行われるようになり、他社の車両が路線を走ることが多くなっていますので、昔ほど独自車両で沿線のイメージをつくる必要はないのかもしれません。
 

 小田急電鉄から西武鉄道への車両輸送では、沿線に多くのファンが詰め掛け、移送の様子を撮影していました。小田急の車両が西武の車両につながれて走り、まるで手を取り合っているかのような象徴的なシーンでした。今回の大手私鉄同士の協力は、相手を認め合う姿勢を改めて考えさせられる出来事です。ノーサイドの精神が軽視されがちな昨今、手を取り合うことの大切さを心に留めておきたいですね。

 

著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう

気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。