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津山商工会議所 所報1月号『今月の経営コラム』
潮流を読む
「石破内閣『地方創生2.0』に重要な要素」
最近、意味合いが異なる微妙な言い回しの違いが、ことさら気になる。例えば、「年を取る」と「年齢を重ねる」は、表現が違い、意味合いも異なる。前者は、単純に年齢が増して、心身ともに衰えていくことと少し否定的に捉えられ、後者は経験を重ねていき、心身ともに成熟し、円熟味が増すと肯定的に捉えることができよう。このように言い回しを微妙に変化させることで、人にその言葉を肯定的に捉えさせ、何かに自発的に取り組むことを促せる。ただし、人それぞれの置かれた状況によって、微妙に差異のある言い回しの捉え方は異なることに留意が必要であろう。
このようなことを考えさせられる状況に遭遇した。筆者が委員を務める袋井市総合計画審議会でのことである。直近の審議会において、市側から総合計画素案[注1]が提示された。その中に、「賑わい(にぎわい)」という言葉が記載されており、その言い回しが適切か否かの議論となった。にぎわいを創出することで地方を元気にするという意味合いである。にぎわいは活気があると言い換えることができる。参加者は、にぎわいは「活気がある」よりも特徴的であると好意的に受け取る委員と、適切な表現かどうか分かりにくいと否定的に捉える委員に分かれた。さらに、にぎわいを捉える人の置かれた状況によっても、その捉え方は異なるという意見もあった。例えば、都会からUターンしてきた人にとっては、都会にはにぎわいがあり、人と人の距離が近いように感じるが、地方は地元のコミュニティに壁があり、にぎわいがあっても、その距離が遠いとの指摘があった。とはいえ、にぎわいという言葉が袋井市民を地域活性化にコミットさせるかどうかの真剣な議論が、審議会委員の間で展開されていた。
その一方、微妙な言い回しは、自分が意図する特定の意見や思想に人々を誘導するため、もっともらしい議論を展開する手段として悪用されることがある。そこには微妙な言い回しが表す強烈なインパクトが重要視されているように思われる。加えて、人工知能(AI)あるいはSNSの活用による「フィルターバブル」[注2]「エコーチェンバー」[注3]現象を発生させ、特定の意見や思想が増幅し、SNSのユーザーをはじめ、フォロワーにも広がり、インパクトが増す。その意味合いが正しいか、正しくないかの理解・判断よりも、自身の利得のためだけに、インパクトによって人を何かに支持させる「理解なき熱狂」があるように思われる。代表的な事例として、直近の米国大統領選挙運動、日本の国政選挙運動が挙げられる。これらにおいては、SNSの負の側面の影響は増大しているといえるのではないか。これによって、例えば、グローバルと一国の政策課題へ取り組む国民の意識、あるいは国政レベルと地方レベルの政策課題に取り組む国民(市民)の意識の乖離(かいり)が大きくなる弊害を生んでいる可能性がある。
前述のにぎわいは、実はSNS上では多数存在する。ただし、それらは、SNSでつながっている「閉じた世界」での限定されたにぎわいである。これらのにぎわいを重視する人が増えれば、オンライン上のバーチャル社会と実社会のにぎわいはますます乖離していくことも考えられる。これによって、例えば、前述の地方の課題に取り組む市民に影響を与え、地域社会に真剣に参加しなくなることも考えられる。その一方、実社会の地域も「閉じた世界」のにぎわいになりかねない可能性があると考えられ、それによって地域の社会に参加しなくなるケースもあろう。先ほどのUターンしてきた人の「地方の方が人と人の距離が遠い」という言葉が、それを如実に表している。これら両方に対処していくためにも、市民の意識を変化させる言い回しを考え、具体策を練り上げ、多くの市民を地域社会の身近な問題にいかに参加させていくのか、真剣に検討していく必要があろう。石破内閣の「地方創生2.0」は、これらの問題に丁寧に対処していくことを柱の一つに据えることが重要ではないか。
(11月20日執筆)
[注1]袋井市 企画部 企画政策課「第3次袋井市総合計画基本構想(素案)」https://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/material/files/group/11/3th-sogo-keikaku_shingikai5_shiryou1.pdf
[注2]「アルゴリズム機能で配信された情報を受け取り続けることにより、ユーザーは、自身の興味のある情報だけにしか触れなくなり、あたかも情報の膜につつまれたかのような「フィルターバブル」と呼ばれる状態となる傾向にある。このバブルの内側では、自身と似た考え・意見が多く集まり、反対のものは排除(フィルタリング)されるため、その存在そのものに気付きづらい」(総務省(2023),「第2章第3節 インターネット上での偽・誤情報の拡散等」 令和5年版 情報通信白書)
[注3]「SNS等で、自分と似た興味関心を持つユーザーが集まる場でコミュニケーションする結果、自分が発信した意見に似た意見が返ってきて、特定の意見や思想が増幅していく状態は「エコーチェンバー」と呼ばれ、何度も同じような意見を聞くことで、それが正しく、間違いのないものであると、より強く信じ込んでしまう傾向にある」(出典は注2と同じ)
著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり
静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。
中小企業のためのDX事例
「鋳造現場をIoTとデータ活用で進化させるアサゴエ工業の戦略」
アサゴエ工業株式会社は、岡山市に本社を構える鋳造メーカーで、IoTを活用した生産性と品質向上に取り組んでいます。1957年の創業以来、建設機械や自動車部品の製造を主力事業とし、金型製作から鋳造、精密加工まで一貫体制を構築してきました。この長い歴史の中で培った技術力にデジタル技術を融合させ、業界が抱える課題に挑戦しています。
同社のIoT活用の特徴は、現場主導のアプローチにあります。現場の社員たちの意見を積極的に取り入れ、具体的な課題に応じたツールを活用しています。その一例が、小型IoTデバイス「Nefry」を活用したデータ収集で、数千円で実現しました。この技術により、設備の稼働状況やサーバールームの温度など、従来では取得が難しかったデータを効率的に収集。現在では「M5Stack」などのデバイスも導入し、さらなるデータの取得・活用に取り組んでいます。
同社が目指すデジタル化は、単なる業務効率化にとどまりません。1400~1500度の高温や粉じんが舞う過酷な環境でも機能するIoT技術を駆使し、これまで職人の勘や経験に頼っていた工程を可視化。これにより、品質向上だけでなく、熟練技術者のノウハウを次世代へ継承する基盤を築いています。また、デジタル化のプロセスを通じて社員のスキル向上と意識改革を推進。現場の改善活動にIoTを融合させたことで、生産量の向上や業務負荷の軽減を実現し、チーム間での競争意識も生まれています。この好循環が、デジタル化推進をさらに加速させています。
これらの取り組みは、鋳造業という「ローテク」のイメージを覆すものであり、業界全体に新たな可能性を提示しています。同社の挑戦は、製造業におけるIoT化やデジタル化の先行事例として注目されています。
さらに、代表取締役社長である藤原宏嗣氏は、2018年から日本鋳造協会のIoT推進特別委員会の委員長を務め、24年からはDX推進委員会の委員長として活動しています。藤原氏は、自社の取り組みにとどまらず、業界全体のデジタル化をけん引。IoTやクラウドサービスなどのデジタル技術を活用し、生産効率化や品質管理の向上を目指しています。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)
著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし
ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。
職場のかんたんメンタルヘルス
「LGBTQ問題にどう向き合う?」
皆さまの職場では、LGBTQに関して、どう取り組んでいるでしょうか。私は、同テーマの研修を依頼されることがありますが、単独テーマでの研修はお断りしています。なぜなら、かえって問題を引き起こす可能性があるからです。今まで気にも留めていなかったことをあえて注意喚起すると、日和見リベラルの(状況をうかがい、事態が自分の都合の良い方に動くのを見定めてから態度を決定しようとする)人々が、急に注視することで新たな差別が生まれてしまう場合があるためです。
そもそもLGBTQとは、セクシュアル・マイノリティー(性的少数者)の総称です。
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)
Gay(ゲイ、男性同性愛者)
Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)
Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)
Queer(クィア、前記四つ以外)、またはQuestioning(クエスチョニング、はっきりしていない人)を意味します。
日本におけるLGBTQの割合は、人口の9.7%(電通グループ「LGBTQ+調査2023」調べ)となっています。これは、日本人の中で多い名字ランキング上位の「佐藤・鈴木・高橋・田中・伊藤(敬称略)」を合わせた728万9000人(出典:名字由来net)が日本の人口に占める割合(5.8%)よりも多く、これらの名字を有している人が周りにいるのと同じくらいの感覚です。そうすると、決して稀(まれ)ではないことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
また、左利きの人とも同じくらいの割合です。もし職場で、「作業や食事をするときに、左利きの人の左側に座るなんて配慮がない」と教育を受けたらどう感じるでしょうか。私にも左利きの友人がいますが、カウンター席で隣り合わせたときに右利きの私の腕がぶつかってしまったことがあり、それ以来、どちらともなく位置を確認するようになりました。次からは反対側に座ろうという程度の問題です。不都合があったら、それを次から回避する。それで十分ではないでしょうか。
何も起こっていないうちから「配慮しないとダメ」と強要されたら、左利きの人とご飯を食べるのは面倒だなと思うかもしれません。そのようになってしまっては、本末転倒です。配慮の強要はせず、無用な差別やトラブルは避けたいですね。
著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ
法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。
トレンド通信
「『古い革袋にも新しい酒』を入れる大切さ」
高知市の郊外にある名刹(めいさつ)・五台山竹林寺で知り合いがコンサートをするというので、訪ねてきました。竹林寺は2023年に開創1300年を迎えた古いお寺で、四国八十八カ所霊場巡りの31番札所に当たります。本尊の文殊菩薩を収める本堂や書院は、重要文化財に指定されています。今回のコンサートはピアノを中心としたジャズのカルテットで、この書院にステージと椅子を並べて会場としました。メンバーは、NHKの長寿番組「世界ふれあい街歩き」のテーマ曲などを手掛ける村井秀清氏が中心です。5年前に一度実施したもののコロナ禍でその後は開催できず、ようやく復活できたコンサートでした。
こうした現代の音楽イベントをなぜ古い名刹の、しかも重要文化財に指定されているような場所で行うのか、竹林寺のご住職・海老塚和秀さんに伺うと「本来、お寺はそれぞれの時代で新しい情報を発信する拠点であり、それによって人が集う場所です。今回のコンサートでこれまでお寺に接点や興味がなかった人も足を運んでいただけてありがたい」と言います。2日間のコンサートは盛況で、地元高知はもちろん高松や松山など四国各地から、また東京からわざわざこのコンサートをきっかけに高知を訪れた人もいたようです。2日目に少し発行した当日券で、海外から来たお遍路さんがたまたま遭遇したコンサートに興味を持ち、お遍路装束のまま聴いていったという例もありました。こうした様子を見るとまさにご住職が言われるように、お寺との新しい接点が生まれていることが分かります。
古い歴史を持つものは、文化財に限らずブランドや伝統工芸、芸能などさまざまなものがあります。今回、竹林寺を訪ねてみて、確かにただ古いという価値だけを発信していたのでは、1300年も存在し続けることはできなかったのではないかと感じました。古い歴史あるものが現代の目の前にいる人々に対し、きちんと価値ある中身を用意してそれを発信することの重要さを感じます。「新しい酒は新しい革袋に入れるべし」ということわざがありますが、時に「古い革袋にも新しい酒を入れる」ことも必要なのでしょう。
またご住職の「本来、お寺はこういう存在であるべき」という考え方は、企業の社会的存在意義を重視するパーパス経営、企業ミッションといった形で昨今、語られていることと同じです。これを明確にすることで、変えてはいけないものと変えていくべきことが整理されます。
さらに面白いと感じたのはその中身で、われわれの感覚では古いお寺は古いものを求めて訪ねる場所という認識がありますが、ご住職の考えに沿えばお寺は新しいものを発信する拠点なのだから、新しい情報や体験に触れたければお寺へ行く、といった場所であるべきということになります。これは一種の逆説のようで、とても興味深く感じました。
同時に、古いのれんやブランドを持つお店や会社、場合によっては地域産品などのブランドの活性化にとって、ビジネスのヒントが見つかる視点になりそうです。
著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ
日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。
気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話
「103万円の二つの壁」
2024年10月の衆議院議員総選挙より、「103万円の壁」の話題で持ち切りになりました。働きたくても働き控えをせざるを得ない情勢に、課税の基準の引き上げの動きが出ています。実はこの年収103万円超という課税基準には、影響を受けるものが二つあります。一つは収入を得る本人、もう一つは扶養している親などです。
まず一つ目の本人への影響とは、所得税の負担が始まる基準になることです。給与の場合、基礎控除の48万円と給与所得控除の55万円を足した103万円を超えると所得税が発生します。ただし、年収103万円を超えたら全額に所得税が発生するわけではありません。例えば、104万円の収入があった場合、所得税は1万円に対して5%で500円です。勤務を増やしても急に大きな負担が生じることはありません。加えて、学生の場合は勤労学生控除が27万円ありますので、所得税が発生する壁は130万円まで緩和され、それほど厳しいものではなさそうです。
二つ目の扶養している親などへの影響ですが、子の収入が103万円を超えない場合、親の所得が控除されます。扶養控除といい、親の所得税が軽減される基準となります。特に19~22歳の子がいる場合、63万円も控除できることになっています。ところが、子の収入が103万円を超えると、一切の控除が受けられなくなります。親の所得税率が10%の場合、所得税が年間6万3千円かかり、同じく控除がなくなる住民税4万5千円も含めると、親の税負担は合計10万8千円も増えることになります。
テレビで大学生のインタビューを見ると、「親から103万円を超えないよう言われる」という意見が多くありました。働き控えは自分の意志というより、親の所得控除への影響の方が多大であると考えられます。「103万円の壁」は、収入を得る本人の基礎控除を上げる議論ばかり進んでいます。手取りが増えるメリットはありますが、税収が減ることや高額所得者ほど得をしてしまうというデメリットも浮かび上がります。その点、扶養控除の基準の引き上げは、そのデメリットが抑えられます。扶養控除の範囲内であれば、子が収入を上げても親の税額には影響がなく、全体の税収が今より減ることもありません。基準額にもよりますが、学生は親の意向ではなく、自分の意志で働く時間を決めやすくなるのではないでしょうか。基礎控除を上げても扶養控除がそのままであれば、親の意向で「103万円の壁」が残るため、扶養控除の基準の引き上げも必要になると考えられます。
皆さまがこのコラムを読まれる頃には、ある程度の方向性が決まっていると思います。103万円には壁が二つあり、働きたい気持ちを邪魔しない税の仕組みになることを願っています。
著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう
気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。