お知らせ

2024年9月5日

津山商工会議所 所報10月号『今月の経営コラム』

潮流を読む

「国民一人一人の持続的な所得向上のために」

 

 2024年6月に物価変動を考慮した実質賃金が、22年3月以来、初めて前年を上回った。8月6日に厚生労働省から発表された「毎月勤労統計調査 令和6年6月分結果速報」では、現金給与総額[注1]を基にした実質賃金(実質賃金指数(令和2年平均=100))は、前年同月比1.1%増と27カ月ぶりに前年を上回った。これまで名目賃金の増加は物価の上昇に追い付いておらず、労働者は賃上げの恩恵を十分に得られていなかった。しかし、その問題が解消し始めたといえよう。6月は名目賃金も高い伸びを示し、就業形態計(一般労働者とパートタイム労働者)の現金給与総額は49万8884円と、前年同月比4.5%の増加となった。30カ月連続プラスを維持している。この総額の大部分を占める「きまって支給する給与」(=賞与等を除く基本給、家族手当、超過労働手当などの「定期給与」)は、28万4342円の同2.3%増加と29 年6カ月ぶりの高い伸びとなった。うち一般労働者は66万4455円の同4.9%増、パートタイム労働者は12万1669円の同5.7%増となった。
 

 このように全国ベースの統計では、実質賃金がこの6月に上昇に転じたものの、地域別に細かく見れば、居住地域によって、各労働者の肌感覚には差があろう。自由に居住地域を選択できるとはいえ、職場と居住地を変えることはそう簡単ではなく、労働者一人一人が努力して、賃金を上昇させるには限界があると思われる。このため、地域の住民の賃金を含む所得向上のために取り組んでいる地方自治体の政策が、この肌感覚の差を埋める一つの鍵となる。しかし、各地域の「地方創生」などの地方活性化政策が地域経済の活性化、地域住民の一人一人の所得向上に結び付いていないケースが見られるとの指摘がある。例えば、「観光振興が成功して、観光客で賑わっているにも関わらず、地域の住民の所得が低い」「先端技術の企業誘致に成功して、順調に操業しているにも関わらず、地域の企業や住民の所得が低い」「多額の補助金・交付金等によって公的な資金が地域に流入して、住民の所得が高いにも関わらず、企業が育たず、地域の生産力が低い」などが挙げられている[注2]。
 

 この背景には、各地方自治体の「稼ぐ力」の強化策が、地域内の「所得の循環」を生み出し(=地域経済循環構造)、それが住民の所得向上につながっていないことがある。このため、政府は「地域経済循環構造」に地域経済を再構築する必要があるとして、15年4月21日より、「地域経済分析システム(RESAS(リーサス))」の運用を開始した[注3]。RESASは、産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のいわゆるビッグデータを集約し、可視化を試みるシステムである。
 

 その地域経済の循環を生み出す起点は「稼ぐ力」の強化=企業収益の拡大である。それにより、地域外からの所得の流入と地域外への流出を考慮した地域全体の所得が地域内で循環し、最終的に地域住民の所得向上につながっていることが好循環とされる。稼ぐ力の強化策による企業の労働生産性の向上、輸出・移出拡大、補助金・交付金、利子・賃料収入拡大による地域外からの所得流入の拡大、その一方、光熱費等の地域外への支払いなどの縮小が必要となる。
 

 ただし、実際には、地域経済循環構造が、好循環となっている地方自治体と悪循環となっている地方自治体が存在する。この格差を各地方自治体が認識し、それを生み出している課題解決に向けて地道な努力を継続していくことが、地域住民一人一人、ひいては国民一人一人の所得向上の持続性を維持するために重要であろう。中長期的には、企業努力による賃金上昇には限界があるため、このような地方自治体の取り組みをこれまで以上に促進することが必要ではないか。

                     (8月20日執筆)

[注1]賃金、給与、手当、賞与その他の名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に通貨で支払うもので、所得税、社   会保険料、組合費などを差し引く前の金額である。
[注2]日本政策投資銀行グループ株式会社価値総合研究所「地域経済循環図でお金の流れを『見える化』しよう」2021年8月26日
[注3]内閣官房のデジタル田園都市国家構想実現会議事務局および内閣府地方創生推進事務局による運用。

          

著者プロフィール ◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

 


 

中小企業のためのDX事例

「現場中心・社内開発のデジタル化による金型製造の進化」

 

 株式会社IBUKIは、山形県に本社を置く従業員70人弱の製造業です。主な事業は、加飾技術を強みとした金型製造です。1933年に創業し、2021年にしげる工業株式会社の傘下となりました。同社はデジタル化を通じた製造業の効率化と品質向上に取り組んでいます。今回は「デジタル金型」と「工場見える化」について、自社内で開発・改善・運用を行っている事例をご紹介します。
 

 デジタル金型は、金型にセンサーを内蔵し、金型の状態に関するデータを収集・分析して、製品の品質管理と生産効率の向上に貢献しています。不良品の早期発見が可能になり、製造ラインの停止を最小限に抑えることができ、現場の作業負荷をリアルタイムで把握することで、効率的な生産を実現しています。
 

 また、工場の見える化の一環である「5Sパトロールシステム」は、現場の5S活動をデジタルで管理することに成功しました。従来は紙とデジタルカメラを使っていた5Sパトロールを、タブレットを活用することで効率化し、NG項目の自動転記や写真による記録を容易に行えるようになりました。このシステムにより、現場の整理整頓が徹底され、作業環境の改善が図られました。現場での使いやすさを重視し、従業員が抵抗なくデジタルツールを活用できるように工夫されています。
 

 同社のデジタル化推進には、現場との密接な連携が重要な要素となっています。スモールステップでの導入を基本とし、まずは勤怠管理システムなどの小規模なシステムから始め、徐々にほかの業務へと拡大していきました。この段階的なアプローチにより、現場の従業員が新しいシステムに慣れ、デジタルツールを自然に受け入れることができるようになりました。また、システム名「DenDenmushi」の導入など、現場の声を反映し、愛着を持って使えるシステムづくりが進められています。
 

 さらに、情報の一元管理も進められており、これまで分散していたデータを集約することで、工場全体の状況をリアルタイムで把握できるようになっています。この取り組みは、業務プロセスの効率化や品質管理の強化に大きく貢献しており、経営判断の迅速化にも寄与しています。同社のアプローチは、製造業におけるデジタル化の成功例としてほかの企業にも参考になるものであり、今後もさらなる挑戦と革新が期待されます。

(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

 

著者プロフィール ◇大川 真史/おおかわ・まさし

 ウイングアーク1stデータのじかん主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。専門はデジタル化による産業構造転換、中小企業のデジタル化。オウンドメディア『データのじかん』での調査研究・情報発信が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、エッジプラットフォームコンソーシアム理事、特許庁Ⅰ-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。i.lab、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。

 


職場のかんたんメンタルヘルス

「部下の声に寄り添う」

 

 部下との関係性を良くしたいと、良かれと思ってやっていることが、実は関係を悪くしているケースがあります。部下の声をしっかり受け止めたいと思えば思うほど、空回りしてしまうなどという現場の声も多く聞かれます。
 

 例えば、部下から「こんなことがあって本当に困りました」という話を聞いたとします。その気持ちに寄り添うつもりで、即座に「分かる」と言ってしまうことはないでしょうか。このような反応が相手を理解する適切な対応と捉えてしまう人が多いのも事実です。しかし、それは相手の気持ちではなく、相手の話を聞いたときの「自分の気持ち」を示したものにほかなりません。
 

 自分の経験と、相手の話の内容が「同じような場面や状況」と合致したときに「分かる」と表現するわけです。しかし、「同じような」体験や出来事であっても、完全に「同じ」ということはなく、それと同様に相手と100%「同じ気持ち」には決してなりません。その人その人が出合うことやそのとき感じる気持ちは、一つとして「同じ」ものは存在しないのです。それにもかかわらず、いかにも全てを悟ったように「分かる」という表現を使うことは、「分かったような」錯覚に陥ることを指します。
 

 相手との信頼関係が希薄な場合は、「本当に分かっているのか?」と不信感を抱かれることにつながり逆効果になりますし、反対に正確な内容をやりとりしていないにもかかわらず、お互い「分かったような感覚」になってしまうのも問題です。本当の理解が進まないと、根底のところで平行線をたどってしまいます。すると、「あれ、分かってもらえていなかった」と、どこかで相手との関係性に破綻が生じます。そうすると、きちんと向き合ってもらえていなかったという不満から、反発心が生まれやすくなります。
 

 ですから、職場で安易に「分かる」という言葉を使わないことが大切です。「どんな状況だったのか」と、相手の話を促すような言葉掛けでよく事情を聞き、具体的な対応を伝えることが、本当の意味で相手の声に寄り添うことにつながります。

 

 

著者プロフィール ◇大野 萌子/おおの・もえこ

法政大学卒。一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内健康管理室カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで5万人以上を対象に講演・研修を行い、机上の空論ではない「生きたメンタルヘルス対策」を提供している。著書にシリーズ51万部超『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)ほか多数。

 


 

トレンド通信

「地方の中小企業こそAIをうまく活用しよう」

 

 「何でもかんでもChatGPTに相談してますよ」。和歌山に帰省したとき、今勢いのある地元の食品会社の社長をしている友人がそう話していました。自分の会社の売上規模や商圏、地域の経済指標などを踏まえて、新商品の売り方や開発の方向などもAIに相談しているとのこと。もともと「自分は頭も良くないし田舎者なので、何でも人に聞いて教えてもらう」という姿勢を持つ経営者です。「仕事に限らず、どんな些細(ささい)なつまらないことを聞いても真面目に答えてくれる」のがAIの良いところと力説していました。
 

 ChatGPTやCopilotなど、条件付きなら無料で使える生成系AIサービスが普及してきました。私も調べものやちょっとした相談事、アイデア出しのサポートによく使います。面白いのは、同じ質問でも使うAIの種類によって答えが大きく違うところです。例えば「地域おこしで成果を上げている高校生の活動事例を五つ挙げなさい」と前述した二つのAIサービスに聞いてみると、それぞれまったく違う事例を紹介してくれます。それはそれで面白いのですが、ある意味これがAIの良いところでもあり、注意しなければならない点でもあります。つまり、回答したものが唯一の正解なのか分からない、なぜその回答を出してきたかも分からない、といった点です。ですから、AIから得られた回答をそのまま何かに使うことは避けた方がよいでしょう。私はさらにGoogleなどの検索サービスにも同じ質問を投げ、結果も踏まえつつ自分で切り口を考えてアイデアの参考にしています。
 

 回答の信ぴょう性のほかにも注意点はあります。広くネット上に流布した情報を基に回答を生成しているため著作権に配慮がないことや、こちらが出した質問自体も他者への情報として利用されてしまうので、本当に秘密にしたい質問はしない方がよいといったことです。また、最近のトピックや情報は回答を生成する基になる情報に組み込まれていないため、どんどん状況が変化しているような事象についてはあまり使えません。
 

 精度の高い回答を引き出すためには、ちょっとしたコツもあります。プロンプトと呼ばれる、入力する質問をできるだけ具体的に条件を付けて記述し、AIが出力する形式や分量なども具体的に指示する方が良い結果を得られるようです。AIを業務に利用するノウハウを研究している人に聞くと、「社会経験がなく融通の利かない、優秀で真面目な新入社員に仕事を頼むイメージ」だそうです。山本五十六の名言「やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ」というのはAIに対しても通じるようです。「褒めて」というのは、正解をフィードバックして学習の精度を高めることに相当します。
 

 気軽に調査を依頼したり相談したりする専門家が少なく、世間が狭くなりがちな地方の中小企業経営者にとって、AIはかなり便利で有効なツールです。スマホやパソコン同様、この先必ず常識になるものですから、つまらない質問でも何でもとにかく使って「慣れる」ことが重要だと思います。手始めにランチのお店でも聞いてみてはいかがでしょう。

 

 

著者プロフィール ◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。

 


 

気象予報士×税理士 藤富郷のクラウドな話

「目標設定は変えてもいい」

 

 目標設定が非常に苦手です。目標を定めてしまうと、達成を義務として捉え、新しいことを始めなければいけないというプレッシャーを感じてしまうためです。
 

 会社員時代、入社後数年してから評価制度が導入されました。そこで行われたのが業務報告と「目標設定」です。この書類を書くのが嫌でした。1年後のゴールを可視化することで、モチベーションを高める効果はあります。ただ、1年後に目標が達成できたかを報告し、それを基に人事評価がなされるため、大きな目標は立てづらいものでした。当時から税理士を目指していましたが、目標設定の書類には一度も書きませんでした。1年で結果が出るものではないにもかかわらず、達成できなければ査定に響くからです。
 

 さらに個人的には、予測できない1年後に向かって仕事をするより、通常業務で起きた問題を臨機応変に対応し本質を捉えて改良するなど、目の前のことから始める方が得意だと感じています。一つひとつ仕事を積み上げた先に見えてくる世界があり、その状況を知ってまた次の世界を目指すスタイルのため、最終的なゴールを最初に決められないのです。
 

 多くのビジネス書には、目標を設定しそれに向かって行動しようと書かれています。ただ、ビジネス理論は米国から導入されたものが多く、個人を重視する米国人に適しているものだと思います。一方、チームワーク重視の日本の場合は環境が異なるため、米国生まれのビジネス理論が絶対ではないはずです。未来の「なりたい」自分に向かって、今「やること」を逆算するのが目標設定の考え方です。一方、ステップを重視すると、今「やりたい」ことを積み上げて、未来に進む考え方になります。どちらかが正しいのではなく、その人に合った方法でモチベーションを高め、その結果を評価すればいいのではないでしょうか。
 

 最近始めたのは、毎週、自分自身で進捗(しんちょく)状況を見直すことです。今週、今月、その先と、ほぼ業務確認になりますが、やりたいことや目的も含めてチェックしています。そうすると、今週すべきことやできることが分かり、仕事が格段にはかどるようになりました。急な仕事が入っても、毎週進捗を見直しているので対応できます。
 

 人事評価で目標設定を取り入れている会社もあるかと思いますが、年1回だけで評価をするのではなく、定期的に目標を見直してみることをお勧めします。

 

 

著者プロフィール ◇藤富 郷/ふじとみ・ごう

気象予報士、税理士。埼玉県三郷市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学院在学中に気象予報士に登録。日本テレビ「スッキリ」に気象キャスターとして出演しながら税理士試験に合格し、2016年に開業。21年に越谷税務署長表彰受賞。趣味の鉄道では、鉄道イベント出演や時刻表、鉄道模型雑誌にコラムを寄稿。プログラミングやダムにも造詣が深く、“複業”として得意を組み合わせて幅広く活躍中。地元の「三郷市PR大使」を務めるなど、地域との関わりも深めている。